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やっちゃった

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状況を把握します



ぱっちりと目を開けた瞬間、目に映ったのは互いの間抜けな顔だった。
そして2人して同じことを考えた。
そう

((やっちゃったー・・・))

と。



「・・・さて、帝人君。ものは相談なんだけどさ」
「わかってますよ臨也さん。他言無用です・・・いえ、むしろ忘れましょう。一瞬一秒たりとも覚えている場合じゃありません」
「えっ、あ、そっ、そうだよね、忘れよう!ははは、ないないこんなこと!」
「ですよねっ!さすが臨也さん、ないですよこんなこと!」

ははは、と自棄になったような明るい笑い声が寝室に響きあう。
場所は折原臨也の自宅の寝室。
時間は日曜の朝午前8時。
状況は・・・一糸まとわずベッドの上。

つまりは、そういうことだった。


帝人はその愛らしい眉間に谷のごとき皺を刻みながら思う。

(いくら酔ってたからってなんでやっちゃうかな僕・・っていうか臨也さんの方だよ!何やってくれてんのあの人!)

見事な責任転嫁だが、実際やっちゃったほう――手を出した方の負けだ。
昨晩2人は臨也の自宅にてご飯を食べていた。
そろそろ季節も涼しくなったこと、そして帝人の深刻な野菜不足が合わさった結果、鍋が提案され帝人が作った。
材料費は当然臨也持ちだが。
さくさくと野菜を刻み煮込んでいる帝人の周りを臨也はちょろちょろして怒られたりもしていた。

仕事やダラーズ抜きでこうして出会うことも少なくない。
臨也曰く「帝人君の生態観察してるんだよ」
帝人曰く「臨也さんと一緒にいるのって非日常的です」
と、2人の利害が一致したためだったが、当然それだけではない。

(ほんとなんでやっちゃうの・・あぁぁこれで好きだってバレたらどうしよう)

という理由だ。
帝人は眉間の皺を刻みながらも頭を抱えた。
冷房のやたらと効いた部屋は、一糸まとわぬ姿には寒すぎる。
くしゅんと可愛らしくくしゃみをした帝人の肩に、重いため息を吐きながら臨也がそっと近くに落ちていたシャツをかけてやる。
そのため息に対して、ギロリと横目でにらむ帝人だったが臨也もそれどころではない。

「あー・・とりあえず、コーヒーでも淹れてくるよ・・・」
「そうですね・・あ、ミルクと砂糖もいれてください」
「うん。知ってる」

言い捨てて出ていく臨也の裸の背中には、帝人がつけた爪痕がくっきりと左右に4本引かれていた。
それを見送る帝人の目には光がない。

そもそも、帝人が臨也のことをどう思っていたのか。
簡単だ。好きだった。いや、現在進行形で好きだ。

(好きだからって簡単に足開いてどうすんの僕はほんとに馬鹿か僕は!絶対安いやつって思われた軽いやつって思われたあぁぁぁぁ)

脳内はこのように大混乱しているが、反比例するように顔は無表情に近くなっていく。
感情も過ぎると無になるのかな・・と人間の極限に挑んでいるようだった。

帝人にとって、臨也は大人の男であり、情報屋なんて非日常的な仕事をしており、言動は読めないし性格はもっと理解できない。
この文面だけ見れば、絶対に近づきたくない人間だったが、帝人にはそれが輝いて見えた。
非日常的なものこそを愛する少年にとって、これほど魅力的な存在はなかった。
しかも臨也は帝人に好意的ですらあった。
そのように見せて自分を操りたいのかな、と思わないこともなかったが、それ以上に臨也の傍にいることは楽しかったし新鮮だった。

そうして臨也の傍にいることが多くなると、その人間性に幻滅する部分も多かった(何しろ性格はどん底だ)が、きっと世界に2人といないタイプな気がする・・と思った瞬間もう駄目だった。
そして帝人は自分が思っている以上に面食いだ。
自分は臨也のことを、友情とは違う意味で意識している――そう理解したら、あとは転げ落ちるようだった。

臨也が嬉しそうに下種なことを言いだせば、頭を叩いて叱るけれど、心の中では(仕方ないなぁ)と思ってしまったし
楽しそうに静雄と喧嘩している姿を見れば、心配するけれど、心の中では(戦ってるとこもカッコいいなぁ)と思ってしまったし
眼鏡をかけてパソコンに向かって仕事していれば・・・ドキドキした。

けれど臨也は自分のことを「帝人君の生態観察してるんだよ」と言っていたし、好きだと告げるのは簡単だけど、言ってしまったらきっとこの想いも観察の対象に入ってしまって、そして飽きられたら終わるということだ。
つまり、この想いが救われることは、ない。
帝人が思うに、臨也が帝人を受け入れてくれるとは到底考えられなかった。
可愛い女の子たちを侍らせているぐらいだ、そういう対象には事欠かないはずだし、臨也のあの最悪な性格から考えて、確実にもてあそばれて終わる・・と帝人は信じていた。心の底からそう思っていた。
だから必死に芽吹きたいと願う恋心を押さえつけ、枯らそうとし、奥底に沈めて今まで頑張ってきたというのに・・・

(酔った勢いでやっちゃうとかもうこれできっとたぶん絶対僕が臨也さんのこと好きだって気付かれたんじゃ!?あぁぁどうしよう僕の人生終わった。からかわれて馬鹿にされて「えー帝人君ったら男が好きだったんだー」とかって性癖バラすよって脅されたりするんだ・・・っ)

くぅっと眉間に皺を寄せて、涙がこぼれないように目頭を押さえる帝人の姿は、どうにも哀れなものだった。
ちなみに、いくら恋心を寄せていても、帝人の中の臨也像が最悪なものなのは、仕方のないことである。

作品名:やっちゃった 作家名:ジグ