【11/21擬人化王国新刊】雨のくにの灰かぶり【日英】
○SAMPLE01
一つ息を吐くと、それは火を落とした炉の温度をほんの少し下げる風となりました。
どろどろの飴のようだったそれが、型に鋳造されようやく取り外されます。
思い描いていたかたちに精製されたそのガラスをみて、菊は魔法の成功と、運命が動き始めたことを一緒に知りました。
朝を告げる鳩達が、チャイムがわりに林の中で朝を告げます。
掻きだした灰が宙を舞い、菊の漆黒の髪にかかります。腕は小さな火傷だらけ、のども少し焼けて低い声がさらに掠れたひどい状況でしたが、菊は何故だか晴れやかな気持ちになっているのです。
煤けた自分の姿を気にせず、菊はゆっくりと冷やされたガラスの靴を眺めました。
何遍も炉を覗き込んで、その合間にまじないをかけ、たくさんの薪を使い、三日三晩をかけてそうして、菊のガラスの靴は出来上がったのです。
疲れで菊の眼はぼやけていましたが、その靴の美しさはよくわかります。
それは湖の氷よりも清らかに澄んでいて、明かりの中に宝石みたいにきらめきます。どんなに早く駆けてもステップを踏んでも、足を痛めることはありません。
これなら、きっとアーサーの舞踏会をすてきなものにしてくれるに違いありません。ずっと目を見張らせていたせいでしょうか。涙がじわりと浮かんで菊は何回も瞬きしてそれを散らせました。
菊は煤だらけだった手をきれいに清めて、そのガラスの冷たさが濁らないよう丁寧に指にとって樫でできたこれまた細工の美しい箱に収めました。
薄暗い小屋の中で、そのガラスの靴は似つかわしくないほど煌いて、埃臭い空気がすべて清らかなものに変わっていく気分です。
大切な友達のために作った、正真正銘、世界でたった一つの、特別な靴です。
その靴が何のために用意されたものか、そのお話は今から少し昔にさかのぼります。そうですね、菊がこの灰色の国に来たばかりの頃、そこからお話しましょう。
雨と霧ばかりが腕を広げる、森の多い島国。それは西の海の果て、潮風が流れ込む小さな国のお話です。
1
この国は雨ばかりで、空もほとんど灰色です。
旅の生活が長い菊も、流れ着いた国の中でもとびきり息のしにくいところだと思いました。長い雨とくもりで濡れ羽色の髪が更にしっとりと重くなっていくように感じます。
いくつもの国を跨ぎ、旅してその国のお天気やら暑さ寒さには苦しめられてきましたが、砂漠の暑さや山の肌寒さとも違う陽気が旅人の菊を撫でていきました。
菊は目的地を決めない旅人です。
しかし、ただの旅人ではなく、旅をしている魔法使いでした。
あなたが魔法使いを見たことはあるかはわかりませんが、この世界でも魔法使いというのはとっても珍しい職業なのです。
しかし知らない街を異国の魔法使いが歩いていても、誰も怪訝に思わないのは、菊がとても魔法使いには思えないほどひっそりと目立たぬように生きているからでした。
「菊~今度はどこに行くんだぜ?」
お供のねずみがコートのポケットから顔だけ出して、菊の名前を呼びました。菊のお供たちは三匹いましたが、どれもこれも小さな動物たちです。
菊にはこのちいさないきもの達のみがお供で、知り合いも友達もいません。菊は今までこの三匹たちと気ままでささやかな旅を続けてきました
魔法使いには大切な人を作ってはいけないという厳しいきまりがあるからです。
魔法使いはほかにもたくさんの決まり事がある、きゅうくつな仕事でした。
決して不思議な力を自分のために使ってはならない、一つの街に居着いてはその国を乱してしまうから決まった場所にいてはいけない、友達は作ってはいけない。
菊も教えられた魔法使いの掟通り、生まれた街から離れ今までひたすら西へ西へと旅を続けてきました。
きっと普通の人が聞いたらその厳しさとわびしさにきっと悲鳴をあげてしまうでしょうね。でも魔法使いはそのつらい修行と孤独に耐え、魔力と術を高めていくのです。
とはいっても菊の使う魔法はほんのささやかなもので、悪用されようがないのですが。
一つ息を吐くと、それは火を落とした炉の温度をほんの少し下げる風となりました。
どろどろの飴のようだったそれが、型に鋳造されようやく取り外されます。
思い描いていたかたちに精製されたそのガラスをみて、菊は魔法の成功と、運命が動き始めたことを一緒に知りました。
朝を告げる鳩達が、チャイムがわりに林の中で朝を告げます。
掻きだした灰が宙を舞い、菊の漆黒の髪にかかります。腕は小さな火傷だらけ、のども少し焼けて低い声がさらに掠れたひどい状況でしたが、菊は何故だか晴れやかな気持ちになっているのです。
煤けた自分の姿を気にせず、菊はゆっくりと冷やされたガラスの靴を眺めました。
何遍も炉を覗き込んで、その合間にまじないをかけ、たくさんの薪を使い、三日三晩をかけてそうして、菊のガラスの靴は出来上がったのです。
疲れで菊の眼はぼやけていましたが、その靴の美しさはよくわかります。
それは湖の氷よりも清らかに澄んでいて、明かりの中に宝石みたいにきらめきます。どんなに早く駆けてもステップを踏んでも、足を痛めることはありません。
これなら、きっとアーサーの舞踏会をすてきなものにしてくれるに違いありません。ずっと目を見張らせていたせいでしょうか。涙がじわりと浮かんで菊は何回も瞬きしてそれを散らせました。
菊は煤だらけだった手をきれいに清めて、そのガラスの冷たさが濁らないよう丁寧に指にとって樫でできたこれまた細工の美しい箱に収めました。
薄暗い小屋の中で、そのガラスの靴は似つかわしくないほど煌いて、埃臭い空気がすべて清らかなものに変わっていく気分です。
大切な友達のために作った、正真正銘、世界でたった一つの、特別な靴です。
その靴が何のために用意されたものか、そのお話は今から少し昔にさかのぼります。そうですね、菊がこの灰色の国に来たばかりの頃、そこからお話しましょう。
雨と霧ばかりが腕を広げる、森の多い島国。それは西の海の果て、潮風が流れ込む小さな国のお話です。
1
この国は雨ばかりで、空もほとんど灰色です。
旅の生活が長い菊も、流れ着いた国の中でもとびきり息のしにくいところだと思いました。長い雨とくもりで濡れ羽色の髪が更にしっとりと重くなっていくように感じます。
いくつもの国を跨ぎ、旅してその国のお天気やら暑さ寒さには苦しめられてきましたが、砂漠の暑さや山の肌寒さとも違う陽気が旅人の菊を撫でていきました。
菊は目的地を決めない旅人です。
しかし、ただの旅人ではなく、旅をしている魔法使いでした。
あなたが魔法使いを見たことはあるかはわかりませんが、この世界でも魔法使いというのはとっても珍しい職業なのです。
しかし知らない街を異国の魔法使いが歩いていても、誰も怪訝に思わないのは、菊がとても魔法使いには思えないほどひっそりと目立たぬように生きているからでした。
「菊~今度はどこに行くんだぜ?」
お供のねずみがコートのポケットから顔だけ出して、菊の名前を呼びました。菊のお供たちは三匹いましたが、どれもこれも小さな動物たちです。
菊にはこのちいさないきもの達のみがお供で、知り合いも友達もいません。菊は今までこの三匹たちと気ままでささやかな旅を続けてきました
魔法使いには大切な人を作ってはいけないという厳しいきまりがあるからです。
魔法使いはほかにもたくさんの決まり事がある、きゅうくつな仕事でした。
決して不思議な力を自分のために使ってはならない、一つの街に居着いてはその国を乱してしまうから決まった場所にいてはいけない、友達は作ってはいけない。
菊も教えられた魔法使いの掟通り、生まれた街から離れ今までひたすら西へ西へと旅を続けてきました。
きっと普通の人が聞いたらその厳しさとわびしさにきっと悲鳴をあげてしまうでしょうね。でも魔法使いはそのつらい修行と孤独に耐え、魔力と術を高めていくのです。
とはいっても菊の使う魔法はほんのささやかなもので、悪用されようがないのですが。
作品名:【11/21擬人化王国新刊】雨のくにの灰かぶり【日英】 作家名:あやせ