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【11/21擬人化王国新刊】雨のくにの灰かぶり【日英】

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○SAMPLE02

 
 あらためて眺めてみれば、なんとみごとなことでしょう!
 ひとつひとつが誇りを持って咲いているばらたちはみずみずしく、先の若い緑の枝たちも、しっかりと土に立った枝たちも、どれもこれもが強く伸びています。きっと愛されたお庭の、愛されたばらなのでしょう。
 ばら以外も、小道の脇に植えられたクレマチスが枝をしなやかに伸ばし、時期はずれのユキヤナギが白い花を散らせてはつらつと曲線を描きます。菊が知っている花もそうでない花も、皆が命の息吹を存分に見せているのです。

 不思議さに胸を震えさせながらも菊はもう一度甘い匂いを肺いっぱいに吸い込みました。


 そのときでした。
 花々にさらに近づいてみようと一歩踏み出したときに、茂みをかする物音が聞こえたのです。もちろん、菊たちのものではありません。
 ようやく人の気配があることを小鳥が気付き、小さな鋭いさえずりで菊に知らせます。

 「菊さん、人っす!早く隠れて!!」
 菊は茂みに身を落とし、子猫もねずみもいっせいに菊のコートの中に頭を隠しました。
 夜の色がうっすらと雲に残る、まだ夜が明けて間もない時間です。ばらの世話には手間がかかり、またばらも魔法使いと同じように早起きですが、まだ太陽はそのおでこを少し見せた頃です。
 すっとばら園の中に立って、のんびりと手を動かす人がいました。菊は葉っぱの隙間から瞬きをして目を凝らします。
 こんな不思議な庭園のなかに、ひっそりと穏やかに動く人影があるものですから、ひどく驚いて立ち去ることも忘れまるで糸と針でその場に縫い付けられたようになりました。

 その人はこの可憐なばら園の中で、ただひたすら鋏を動かして余分な葉を切り落としているのでした。刃が合わさるたびに濃い緑が散り、はさみを握る手は迷いもなくばらの群れたちを行き来します。
 息を潜めて、茂みの中を行き来するその手を眺めました。
 手袋をはずしてばらの調子を確かめるようにしたその手は、庭師の手にしてはやけに細く、動きもまるでお姫様のようにたおやかで、何より慈しみに満ちていました。
 時折背を曲げ、花の具合を確かめる姿はまるで庭にキスを落としているように思えます。薄い朝日が、その人の持つ金色の髪と、白いシャツの姿をばら園の中で目立たせていました。
 そうしてばらに愛情をかけ、時折憂うようなため息を吐く彼の姿は、菊にとっては緑の中で一つ浮き出た光のようで目を離すことができません。はぁ、と一つひそやかな息を吐きました。菊は、この庭の侵入者である菊は、暢気にその人に見とれてしまったのです。

 「誰だ?」
 急に声が菊の元に飛び、まずい、とつばを飲み込みました。茂みに頭の先まで沈ませますが、もう気配を悟られてしまっているのですから、どんなに隠れても無駄なのですが、それでも隠れずにはいられませんでした。
 魔法使いとは言っても、菊には姿を消したり幻を見せたりすることはできません。だからこうして隠れるほかないのですが、逃げる以上にいい手段ではありません。

 先ほど言ったとおり、魔法使いはとっても珍しいものですから、欲の張った人間に見つかればどうなるか菊も覚悟してきました。
 なのに足がまるで錘そのものになったように、駆け出すこともできないのです。お供たちがざわざわと騒ぎ始めます。
 甘い匂いが菊の頭のなかまでたちこめて素早い動きを奪ってしまったのでしょうか。菊はつばを飲み込むだけで早く動けません。相変わらず足が縫われたように地面に張り付いていたのです!

 「菊さん緊急的な?」
 「早く逃げるんだぜ!」
 「菊さん!菊さん!」
 お供たちが叫んでも、菊のブーツは逃げるために動いていきません。どうしてでしょう。胸と頭はきちんと急げと言う信号を発しているのに、両の足が言うことを聞きません。
 そんなことをしている間に、やがて庭の持ち主が帽子をかぶったまま、逃げ出すことのできなかった菊と向き合います。叫びだしたり、言葉を聴かずに殴ったりすることはなく、ただじっと茂みの中の菊を見つめます。
 緑色の瞳が菊に向けられて、思わずどきりと胸がなります。

 園の中ではずいぶん小さく見えたので、子供か女の人かとも思いましたが、実際は菊より背も高く、手足もしゃんと伸びたりりしい男の人でした。
 この国の人はみな肌も髪も薄い色をしていますが、その人の持つ金髪は今まで見てきたなかでも柔らかく、朝の光の中できらめいていました。寝癖なのか少し毛先が跳ねていましたが、姿勢からその人の厳かさが伝わってくるようです。なにより先ほどからしなやかに、それでいてしっかりと力強く動く手が、菊を釘付けにしました。何の変哲もない、庭仕事に汚れる手であるのに、です。
 はさみを握る手がゆるまないのに、コートの中のお供が小さく悲鳴を上げます。菊もその鈍い光に背筋を少し震わせましたが、それでも足は相変わらず茂みの中を動きません。
 観念するように立ち上がり、庭の主と向き合うことになりました。バラの葉っぱの色と、その人の緑色の瞳が菊を追い詰めました。

 庭をいじるあなたの姿を眺めていたのです、そんな本当のことがなかなか舌の上に乗りません。いっぽうの彼は菊の出で立ちをつま先から頭のてっぺんまで順繰りに眺めて、一つ溜息をはきました。
 「郵便屋じゃないのか」
 少し残念そうに主が呟いたので、菊の背筋はまっすぐに伸びそれから申し訳なさそうに丸まります。
 「城からって訳でもなさそうだな。」

 彼は菊をいぶかしみながらも、攻撃するようなそぶりは瞳にも手にもみせませんでした。泥に少し汚れた手は菊に対する乱暴さはみじんもありません。
 それに少しほっとしましたが、菊の危機が緩まったわけではないのです。
 何度か目線を菊と自分の手元で行ったり来たりさせて、何かを見定めているようです。

 「郵便屋じゃないなら」
 羽織ったシャツは庭仕事のせいでうっすら湿っていて、やせた肩の輪郭を浮かび上がらせています。

 「お前魔法使いか?」