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【11/21擬人化王国新刊】雨のくにの灰かぶり【日英】

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○SAMPLE03


 「なぁ、俺に旅の話を聞かせてくれないか」
 「え」
 「そのかわり俺は、憲兵におまえのことをいっさい伝えない。どうだ?」
 尋ねられても、菊には答えが返せませんでした。ある程度脅しは覚悟していましたが、まさか交換条件がこんなものとは思わなかったものですから。訝しさが募っていく菊になおもアーサーは言葉を被せていきます。
 「あなたにお話を?」
 「イヤか?茶も菓子も用意する。動物達の餌も。あと、おまえが暇なときにきてくれればいい」
 積み重なっていく条件は、菊にはいいものばかりで逆に訝しさは深まっていきます。
 アーサーの右手が太股まで下げられ、少し困ったような表情を浮かばせました。余りにも不安そうなその色に、追い詰められていたはずの菊がたじろいでしまいます。

 「俺と友達になってくれないか」

 小さく消え入りそうな声に、それまで穏やかに返していた言葉をとうとうなくしてしまいました。菊はそのまま黙り、アーサーは俯いて答えを待っていました。
 風が一つ森の狭間に吹きぬけ、アーサーと菊の間にばらの甘い匂いが駆けていきます。
 その場にいる人も動物も、たくさんのばらたちも菊の答えを待って黙りこくってしまいました。

 「本当に、内緒にしてくれますか」
 菊から伝えた確認の言葉は、アーサーの願いを受け入れる答えとなってしまいます。隠れ込んだお供たちが驚きの目を次々と菊に向けますが、とうとう取り消しはしませんでした。

 魔法使いは友達を作ってはいけない、そのはずなのです。






 それから菊とアーサーは、毎日のようにお茶の時間をともにするようになりました。
 生まれた故郷の季節の移り変わりには、アーサーも大変歓びの声を上げ、まるでお母さんに寝物語をせがむ子供のようです。菊もその様子に嬉しくなってしまって、一つ一つの旅の風景を思い出しては、アーサーに丁寧に伝えていったのです。

 大きな音と火花を町中に撒き散らして花火で祝う春や、一晩に降ったたくさんの灰で沈んでしまった遺跡や、洞窟に掘られた広大な街、ペルシアの寡黙なじゅうたん職人たち、夕暮れには真っ赤に染まる白い壁の港町と陽気な踊り子たち、どこまでも穏やかさとブドウ畑が続く村、芽吹くオリーブの白い花とそれを祝う仮面のお祭り。

 菊はその国々の美しさと楽しさを眺めてきたというのに、いままでずっと旅とともにあったのはお供たちのみで、こんな風に自分の感じたことを話したのは初めてのことでした。
 旅を続けていてどんな楽しいことや美しいことを目にしても、どこか心を通り抜けていってしまったのにアーサーに話すことでそれを思い出に生まれ変わらせることができるのです。不思議だ、まるで魔法にかけられた気分で菊は思います。
 たくさんの外国の逸話の代わりに、アーサーは自分の好きなものについてたくさんのお話をしてくれました。
 刺繍や庭仕事のことを話す彼の声は穏やかで、それにアーサーはずっと菊のために約束通りお菓子と紅茶を用意してくれました。
 素朴な焼き菓子と温かな紅茶が、いつも二人のおしゃべりを彩って、アーサーはいつもあの優雅な手つきで菊のカップに琥珀色のお茶を注ぎ込んでいきます。
 アーサーが着るものは色がすこし抜けた擦り切れたものでしたが、お茶とばらにだけは一級の手間をかけているようです。これがアーサーのこだわりなのです。若くして隠居の身になっていてもそうしたこだわりを忘れないことにアーサーという人を見た気がしました。
 物静かでばらとお茶が好きな、和やかなひと。街で聞いた噂より、よっぽど柔らかい印象が、菊の目の前のアーサーという人の姿でした。

 そんな姿に菊のわだかまりの重い氷もだんだんと溶かされていったのです。