恋色病棟
「……で、なんであんたはこの番号を知ってるんですかねえ。教えたつもりが皆目ありませんけど」
仁介は寝起きのかすれた声で、携帯の向こうへと囁いた。囁く、なんて言っても甘さは欠片もない。囁き声になるのは、こんな時間に誰かと電話してるなんて隣室で寝る阿修羅にばれたら、携帯を逆パカされかねないからだ……いや、訂正しよう。間違いなく、される。
枕元の置時計を目を凝らして見つめると、…おいおい。時計は25時を指していた。人が明日の弁当の用意を終えて眠ったとこだってのに、何叩き起こしてくれてんだこの馬鹿はアアアアアアアアア!!!!!!!!!!
ていうか、そもそも。
「俺とあんたは敵同士なんですがね、バルドゥイン・シュヴァルツェンベック?」
電話の向こうで、バルドゥイン・シュヴァルツェンベックが冴えた声で笑った。くそ、夜型め。こちらとら昼型なのにカッツェンヴァイトのせいで睡眠不足だよオオオオオ!!!!!!!!
『まあ、電話番号などどうでもよいではないか。それよりも貴様にはまずする事があるはずだ。この高貴な俺様の、アドレス帳の第一番に登録されたこの光栄さを泣き伏して感謝すると言うことが』
「誰がするかアアアアアアアアア消せエエエエエエエ」
『ん、そうかお前も俺の番号を登録したいと……しょうがないな(溜め息)
09…』
「聞いとらんわアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
思わず携帯を逆パカしそうになった自分を、なんとか押さえ付ける…押さえ付け、ろ、俺。ラマーズ法、は違う。素数を数えろ……
『俺の子か。認知してやるから城に来い』
「まあ、俺も悪かったけどね??ラマーズ法を何故か思い出した俺が悪かったんだけどね????しかしお前は現実は見ろ」
『夢があるのはいいことだ』
「その幻想を打ち砕く!!!!!!!!!!」
『おいそれは幻想ではない。お前の携帯だ』
ラマーズ法。
「……で、お前は一体何の用だよ。この際俺の携帯番号とかあんたのアドレス帳とかの件は見逃してやるから」
『ふむ…。まあ、良いだろう。お前とこのまま語り明かすのも悪くないかとも思い出したのだが』
「お前…」
『ときめいたか。高貴な俺様のこの優しい言葉に、図らずしもキュンとしたのか。ふははははははは』
「てめえは一々脱線させてんじゃねええええ」
『フン、照れ隠しと受け取ってやるから光栄に思え。では要件だが、今すぐ城に来い』
「…………」
『抜け出して走ってこい』
「…………………はあ?」
『風邪を引いた』
☆☆☆
「……なんで俺は、来たんですかねえ。もうそろそろ自分の中の女性ホルモンの分泌量が心配になってきました」
「それは良いことだ。俺の子でも産め」
「くたばれ。風邪で。」
電話を切ってから、数十分後。仁介は城にいた。それも、敵方の大将である、バルドゥイン・シュヴァルツェンベックの私室に。
罠かと疑わなかった訳ではない。むしろ罠の可能性が高いとすら思っていた――……のに、結局俺は来てしまった。一度ならず二度までも、お人好しにも、甲斐甲斐しく世話を焼いてやっている自分の母性本能的なものが心配。
まあ、罠ではなかったので結果オーライと言えばそうなんだけど。城には人っ子一人…は勿論いないんだが、鬼の一匹も居なかった。双騎士どころか、下っぱ鬼まで残さず一匹も。
「心配せんでも、城には誰もいない」
仁介の心を読んだように、バルドが気だるげに言う。
「みな何くれと用事を付けて出してある…大変だったのだから、感謝しろ」
「そら、ご苦労様なこって……ていうかあんた、本当に風邪引いてんだな。鬼でも風邪を引くのか」
「何十年かに一度な…おい、鬼の風邪を人が引いたら、夜も明かさずしてコロッと死んでしまうから気を付けろ」
「そんな恐ろしいものにかかってるなら呼ぶな…」
まあ鬼の方に大分傾いてるから、大丈夫だろうけど。
仁介はバルドの額のタオルを変えてやりながら、内心、こいつはどうして俺を呼んだのだろうと思った。看病なら双騎士にでもさせれば良いのに……自惚れてもいいのか?この鬼に、気持ちが大分傾いてるのも事実だ……ああ、女運ならず男運まで悪いのか!
「ザラマンダー」
「ん?……ってええ!!!おい近いわ!!!!!!!」
「は……?」
仁介が物思いに耽っている間に、バルドはベッドから起き上がっていたらしい。いつの間にかその芸術品じみた顔が目の前にあって仁介はどぎまぎする。やだなにこいつなんでこんな睫毛長いの。こわい。
「お前が急に静かになるから…どうした。移ったか」
「こんなに早く発症するかっての。……だから、顔が近いんだよ」
「は?」
うわああああ鈍いと言う属性までもってやがんのかこいつ。属性の宝石箱か!!!!!!!!!
「…いいから寝てろよ。治るものも治らねえぞ」
「お前は」
「俺は大丈夫だよ。ちょっと考え事をしてただk」
「俺のことか?(にやっ)」
「………………」
え ん ぎ か !!!!!!!!!!!!!
「おい待て何処までが本当だ現実と幻想の境界線を今すぐ引いて見せろ」
「俺は生まれてこの方嘘など吐いたことはないふはははははははただちょっと策士であり演技派であるというだけだふははははははは」
「うわああああああああ黙れええええええええええあと顔が一々近い!!!近いんだよ!!!!!!!!」
「しょうがない俺様自ら解説してやろうではないか風邪は本当だ人払いも本当だほら何処に嘘があるのだ?顔が近い云々を俺の鈍さゆえだとか思ったなのだとしたらむしろ己の愚鈍さを恨むがいい子羊。ここは狼の腹の中だ」
「…………」
「とは言え、お前に危害を加える気はない」
そう言うとバルドは、一際ぐっと身を寄せてきた。視界いっぱいにその顔が、どころか、もう視界にはその瞳と、それに映る俺しかいない。
鼻先はもう僅かに触れている――のに、睫毛はまだ触れない奇跡的な距離。バルドの手が、俺の手を包むのを感覚する。思わず俺は目を瞑った……睫毛同士がぶつかる音が、ひどく大きく聞こえた。
☆★☆
仁介は寝起きのかすれた声で、携帯の向こうへと囁いた。囁く、なんて言っても甘さは欠片もない。囁き声になるのは、こんな時間に誰かと電話してるなんて隣室で寝る阿修羅にばれたら、携帯を逆パカされかねないからだ……いや、訂正しよう。間違いなく、される。
枕元の置時計を目を凝らして見つめると、…おいおい。時計は25時を指していた。人が明日の弁当の用意を終えて眠ったとこだってのに、何叩き起こしてくれてんだこの馬鹿はアアアアアアアアア!!!!!!!!!!
ていうか、そもそも。
「俺とあんたは敵同士なんですがね、バルドゥイン・シュヴァルツェンベック?」
電話の向こうで、バルドゥイン・シュヴァルツェンベックが冴えた声で笑った。くそ、夜型め。こちらとら昼型なのにカッツェンヴァイトのせいで睡眠不足だよオオオオオ!!!!!!!!
『まあ、電話番号などどうでもよいではないか。それよりも貴様にはまずする事があるはずだ。この高貴な俺様の、アドレス帳の第一番に登録されたこの光栄さを泣き伏して感謝すると言うことが』
「誰がするかアアアアアアアアア消せエエエエエエエ」
『ん、そうかお前も俺の番号を登録したいと……しょうがないな(溜め息)
09…』
「聞いとらんわアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
思わず携帯を逆パカしそうになった自分を、なんとか押さえ付ける…押さえ付け、ろ、俺。ラマーズ法、は違う。素数を数えろ……
『俺の子か。認知してやるから城に来い』
「まあ、俺も悪かったけどね??ラマーズ法を何故か思い出した俺が悪かったんだけどね????しかしお前は現実は見ろ」
『夢があるのはいいことだ』
「その幻想を打ち砕く!!!!!!!!!!」
『おいそれは幻想ではない。お前の携帯だ』
ラマーズ法。
「……で、お前は一体何の用だよ。この際俺の携帯番号とかあんたのアドレス帳とかの件は見逃してやるから」
『ふむ…。まあ、良いだろう。お前とこのまま語り明かすのも悪くないかとも思い出したのだが』
「お前…」
『ときめいたか。高貴な俺様のこの優しい言葉に、図らずしもキュンとしたのか。ふははははははは』
「てめえは一々脱線させてんじゃねええええ」
『フン、照れ隠しと受け取ってやるから光栄に思え。では要件だが、今すぐ城に来い』
「…………」
『抜け出して走ってこい』
「…………………はあ?」
『風邪を引いた』
☆☆☆
「……なんで俺は、来たんですかねえ。もうそろそろ自分の中の女性ホルモンの分泌量が心配になってきました」
「それは良いことだ。俺の子でも産め」
「くたばれ。風邪で。」
電話を切ってから、数十分後。仁介は城にいた。それも、敵方の大将である、バルドゥイン・シュヴァルツェンベックの私室に。
罠かと疑わなかった訳ではない。むしろ罠の可能性が高いとすら思っていた――……のに、結局俺は来てしまった。一度ならず二度までも、お人好しにも、甲斐甲斐しく世話を焼いてやっている自分の母性本能的なものが心配。
まあ、罠ではなかったので結果オーライと言えばそうなんだけど。城には人っ子一人…は勿論いないんだが、鬼の一匹も居なかった。双騎士どころか、下っぱ鬼まで残さず一匹も。
「心配せんでも、城には誰もいない」
仁介の心を読んだように、バルドが気だるげに言う。
「みな何くれと用事を付けて出してある…大変だったのだから、感謝しろ」
「そら、ご苦労様なこって……ていうかあんた、本当に風邪引いてんだな。鬼でも風邪を引くのか」
「何十年かに一度な…おい、鬼の風邪を人が引いたら、夜も明かさずしてコロッと死んでしまうから気を付けろ」
「そんな恐ろしいものにかかってるなら呼ぶな…」
まあ鬼の方に大分傾いてるから、大丈夫だろうけど。
仁介はバルドの額のタオルを変えてやりながら、内心、こいつはどうして俺を呼んだのだろうと思った。看病なら双騎士にでもさせれば良いのに……自惚れてもいいのか?この鬼に、気持ちが大分傾いてるのも事実だ……ああ、女運ならず男運まで悪いのか!
「ザラマンダー」
「ん?……ってええ!!!おい近いわ!!!!!!!」
「は……?」
仁介が物思いに耽っている間に、バルドはベッドから起き上がっていたらしい。いつの間にかその芸術品じみた顔が目の前にあって仁介はどぎまぎする。やだなにこいつなんでこんな睫毛長いの。こわい。
「お前が急に静かになるから…どうした。移ったか」
「こんなに早く発症するかっての。……だから、顔が近いんだよ」
「は?」
うわああああ鈍いと言う属性までもってやがんのかこいつ。属性の宝石箱か!!!!!!!!!
「…いいから寝てろよ。治るものも治らねえぞ」
「お前は」
「俺は大丈夫だよ。ちょっと考え事をしてただk」
「俺のことか?(にやっ)」
「………………」
え ん ぎ か !!!!!!!!!!!!!
「おい待て何処までが本当だ現実と幻想の境界線を今すぐ引いて見せろ」
「俺は生まれてこの方嘘など吐いたことはないふはははははははただちょっと策士であり演技派であるというだけだふははははははは」
「うわああああああああ黙れええええええええええあと顔が一々近い!!!近いんだよ!!!!!!!!」
「しょうがない俺様自ら解説してやろうではないか風邪は本当だ人払いも本当だほら何処に嘘があるのだ?顔が近い云々を俺の鈍さゆえだとか思ったなのだとしたらむしろ己の愚鈍さを恨むがいい子羊。ここは狼の腹の中だ」
「…………」
「とは言え、お前に危害を加える気はない」
そう言うとバルドは、一際ぐっと身を寄せてきた。視界いっぱいにその顔が、どころか、もう視界にはその瞳と、それに映る俺しかいない。
鼻先はもう僅かに触れている――のに、睫毛はまだ触れない奇跡的な距離。バルドの手が、俺の手を包むのを感覚する。思わず俺は目を瞑った……睫毛同士がぶつかる音が、ひどく大きく聞こえた。
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