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恋色病棟

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携帯電話のアドレス帳の、一番目のメモリー。
名前はブランク。メールアドレスもブランク。住所もブランク。趣味もブランク。血液型もブランク。
一番目のメモリーなのに、書かれているのは電話番号だけ。
……一体いつ、登録したんだか。
そんな隙はなかったように思うけど、と仁介は溜め息を吐いた。溜め息に引き摺られるように、けふん。一つ咳をして。まさか、とは思ったけど、本当に移されたらしい……咳をする度に、あの夜を思い出して辛い。

あの夜のこと。
あれは、夢だったんじゃないかなと思うことも多々あった。あの城で意識を失ったのに、気が付いたら俺は家で寝ていたから。確かに携帯に掛かってきたように思うのに、着信履歴もなくなっていた。……なんつー、夢を。
なんて思って身悶えて、ふと戯れに開いたアドレス帳の、一番目の見知らぬメモリー。――直感。

「…………」
そして、仁介は今もその番号を眺めている。掛けようか掛けようかと悩み続けて早数日。掛けたことは、まだなかった。
正直に自分の気持ちに従うなら、今すぐにでも掛けたい。掛けてこの前の意味を問い質したい。あんたは一体なんで、俺にあんな――……しかし、怖くもあった。聞けば戻れなくなりそうで。もし自惚れだったなら折れてしまいそうで。その気持ちが、こちらから連絡することを躊躇わせる。
………しかし、今日こそは、と思っていた。ずるずるとこの気持ちを引きずり続けるのは良くないし、何とも閉まらなくて気持ちが悪い。ならばいっそケリを付けてしまおう。どんな結果が待っていたとしても、その時はその時だ。…それに、どうやら俺は、あの傲慢な声が、言葉が聞きたくてたまらないらしい。あああ、そんなに彼奴にイカれてたのか俺は。天敵なんかに。俺も相当趣味が悪い。

そして俺は、ずっと掛けれなかった番号へ、やっとのことで電話を掛けた。

『――――』
「…バルド?俺。俺さ、…その、あんたのこ『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません』……………『電話番号をお確かめの上、もう一番かけ直してください』……………『ブツッ』……………………………」

俺も阿修羅の弟であった。



「あの野郎、絶対、絶対。ぜっ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、たい!!!!!!!!!殺してやるあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
握り潰した携帯を、ごみ箱に投げ捨てて仁介は部屋を出た。
盛大な茶番劇だったって!?電話も、会話も、あの夜城であったことも!?茶番だなああああ恭介ええええええええじゃ!な!!く!!!て!!!!!


「……嘘、だろ?」

どこまでが真実で、どこからが嘘だったのか。全部嘘だっただなんて、信じたくない。…やっぱり掛けなければ良かった。俺がこうなるであろうことを見越して、仕掛けて、笑っていただろう鬼のことを思う。やはり殺してやりたいほど腹が立ったが、それ以上に恥ずかしかったし、悲しかった。
リビングの壁時計はもうすぐ25時を指すところ。装束に着替えてから出掛ける精神の余裕もなく、靴を履くのももどかしいほど。

どうすればいいのかどうしたらいいのかよくわからない。が、じっとしてはいられなかった。それが特効薬なのか毒薬なのかは飲んでみなければわからないけど、捨てられた仔猫のようにわめき散らして朝を迎えても、何か変わると言うわけでもないなら。
靴を履き終えて、火照る身体をひきずるように立ち上がる。酷く頭が痛いのは風邪のせいだろうか。窓に映り込んだ自分の顔は、チアノーゼでも起こしているのかと言うくらい真っ白だった。ドアノブを掴んで、開けようとして、

突然電話が鳴った。




作品名:恋色病棟 作家名:みざき