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蛍の灯おちる頃

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自分が先に起きて、そっと寝顔を覗き見た時、喰いつくように自分を抱いた時。
走馬灯のように流れる。利用すべき相手でしかなかった。そういう取り引きを
していた。それだけ。それだけなのに、どうして、どうして何もかも覚えている
?フィルムを燃やそうとしない?また会えたらいいと思う?
「・・・・どうしたの?」
一気に記憶の海から引き戻される。不意に流れた一滴をそのままに、何でもなか
ったように笑った。
「いや、なーんもねぇよ。ま、せいぜいいい子にしてればいいさ」
「そしたら会える?」
幹孝の問いが、自分の問いかけに重なる。いつ死ねるのかも分からないが、いつ
か自分の命が終わって、地獄の海を渡ったら、その先に彼が待っていたらいいと
は思う。ただ絶対的な自信はないに等しい。でも少しでも信じられるなら信じて
もいい気がして、頷いてやる。その時、道の端を流れる細い川から蛍が顔を出し
た。溢れる仄かな光に、二人は釘付けになった。ふわりと舞い上がっては、辺り
をゆっくりと飛び回る。光一つない夜のあぜ道を、暫くの間蛍の淡い光が照らし
ていた。








目が覚めて、上体を起こし、周りを見た。床に入る前と何ら変わらない、乱雑な
自分の部屋。はっとして現人は自分の頬をなぞる。ここだけ、夢のままだった。
涙の痕がある。
「・・・夢見ながら泣くなんてなぁ」
思わず乾いた笑いが漏れる。思い出さなくても良いことを思い出してしまった。
封じ込めるべき感情を呼び起こしてしまった。幹孝に支配されていた心は棄てた
はずなのに。今の自分は、引き出しの中にしまっておいた幹孝の姿が残るフィル
ムを片手に握りしめて、泣いている。見ようとしなかっただけで、そっと伸ばさ
れていた手を振りほどいたのは他ならぬ自分だった。夢の中の幼い幹孝のように
、ひたすら心で名前を呼んだってどうにもならない。それでも、現人は立ち上が
って、寝間着のままドアを開ける。古びたマンションの錆びた手すりを掴んで、
少し身を乗り出すようにして茂狩山に向かって投げかける。生前一度も呼ぶこと
なく、記憶の中に閉じ込めていた彼の名を。この手で生を終わらせた彼の魂が、
まだここにあるかなんて分からない。それでも口が先に動いていた。
「幹孝さん」
色々な想いも、言いたいことも全部込めて一度だけ名前を呼ぶ。口をつぐんで、
じっと山を眺めた。あんな無惨な殺し方だったのに、自分を恨むことなくさっさ
と逝ってしまっている気もする。でも、夢で見た山と鬼の鼓動が連動しているよ
うな、あの風が頭を離れなかった。一度だけでも応えてくれたらと思ったが、思
う通りにいくわけもなく、名前を呼んだ声の残響がすっかり消えてしまったころ
になっても、山はひっそりとそびえ立っているだけだ。自分に対して嘲笑の笑み
を浮かべて、この場から立ち去ろうとした時、突然山の木々を揺らしながら風が
こちらに吹いてきた。最初で最後に、名前での呼び掛けに応えてくれたのか。我
が儘として受け取ってくれたのか。山からの風が、知らず知らずのうちに伸びた
、幹孝が一番好き好んで触れていた黒髪を揺らして通り過ぎていった。再び山は
しんと静まる。ああ、これで、本当に最後だと思った。偶然に厄介な縁が絡んで
絡んで、再び出会うその時まで。握り締めていたせいでくしゃくしゃになってし
まったフィルムを放す。手を振ることなく、ほんの少しだけ共に過ごした過去に
別れを告げた。

作品名:蛍の灯おちる頃 作家名:豚なすび