二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

八月の長電話

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 すこしうとうとし始めていたら、経一がふいにこちらを向いて、電話を差し出した。
 「代わってくれって」
 「わたしに?」
 べつにわたしが出る必要ないじゃない、と答える間もなく、ぐいと耳元に携帯を押しつけられる。仕方なくもしもしと答えた。
 「その…」
 スピーカーから、いかにもきまり悪げな逸人の声がする。
 「邪魔を…」
 「わざわざそんなこと言うために代わったわけ?」
 「いや、そういうわけじゃなくて」
 じゃあどうして、と尋ねると、彼は少し照れたような声で言った。
 「実はさ…遅れちゃったんだけど、プレゼント、明日そっちに届くことになってるんだ」
 「あら」
 「悪くならないうちに、早めに受け取ってもらった方がいいと思うから…夕方の指定にしてあるんだけど、大丈夫かな」
 「わかった。何なの?」
 「蟹」
 蟹、と思わず声に出しそうになったけど、誰かに聞かれてしまっては困るので口を噤んだ。
 「蟹平気だったよね」
 「平気だけど」
 むしろ有難いくらいだが、少々渋いセレクションである。
 「冷凍でも持つけど、新鮮なうちに食べたほうがおいしいって、三途川先生が」
 「やっぱり先生のお勧め?」
 「そう。すごく人気らしくて、二週間前くらいには注文したんだけど、早くても26日になりますって言われちゃって……間に合わなくて悪かったって、届いたら言っておいて」
 彼の言葉を聞きながら、少しづつ、胸の中がざわつきはじめるのを感じていた。どういう意図なのだろう――ほんとうになんの意図もなかったか、意図のないふりをしたかったか、なにも期待してはいないけど一切考えなかったわけでもない、か、それとも。
 経一は椅子から降りて胡坐をかき、小さいクッションを膝の上でいじっていた。こちらに注意を向けるともなく、気の抜けた横顔をしていた。
 今日はこいつの誕生日で、だからわたしは色々なことを保留にして、感傷に身を任せてやさしくなってしまうのが、正しいことなのだろうか。すべてお祝いと酔いのせいにしてしまって、あしたの朝になったら、馬鹿な判断をしたものだと好きなだけ後悔すればいいのだろうか――、どうして、長かった一日の終わりに、こんな面倒なことを考えなければいけないの、と、
 「あんたも来る?」
 考え終わらないうちに口をついて出ていた。ああ、お酒のせいだ。
 経一がぴくり、と、餌を嗅ぎつけた子犬のように身をふるわせた。
 「え」
 「わたしたちふたりじゃ食べ切らないでしょう。早いうちがいいんなら」
 「でも」
 「三途川先生も呼ぶわ」
 先生を道具にしているみたいで申し訳ない、と思ったけど、それでわたしもこいつもすこしは気が軽くなるはずだった。
 「いや、でも、なんか…そういうつもりではなくて、本当に」
 「いいから、来れるの、来れないの?」
 「……じゃあ……お邪魔させてもらって、いいかな」
 「7時半にうち、で大丈夫?」
 「わかった」
 約束をとりつけている間、経一は瞳を爛々と輝かせてこちらを見つめていた。
 「……何、なに、逸人、うち来るの?」
 「内緒」
 「ちょっと、なんなの、教えてよ!」
 携帯を奪い取られそうになったので、簡潔に別れを告げて、逸人のくすくす笑いを聴きながら通話を切った。あーずるいずるい、俺の電話なのに、喚く経一に後ろから抱きかかえられる。
 「明日になればわかるわ」
 腰に回された経一の手に電話を押し戻しながら言った。
 「そっかー」
 経一はわたしの肩に顔を埋めて、くぐもった声で、もう一度そっか、と繰り返した。
 「あー」
 そうして一言唸って、それから、部屋はほんとうに静かになる。
 散らかった周囲を眺めた。経一も顔を上げておなじように眺めた。酔いはだいぶ収まってきていた。脱ぎ捨てられたシャツやストッキングや下着や、わたしたちのだらしのない格好が、ふたりしてどれだけ浮足立っていたのかを物語っていた。
 ほんとうに今日はお祝いで、いい日だった。いい日だったのに、どうして、とまた思う。
 (どうして、こんなにしんみりした気持ちにならなきゃいけないんだろう?)
 経一が、ふうと息をついて、立ち上がった。
 「着替えるか」
 「うん」
 わたしたちはいつも通りのパジャマに着替えた。経一は喉が渇いたと言って、パチンコで取ってきたノーブランドのダイエットコークを一本開けた。わたしも一杯貰うことにした。
 シンクの中のたくさんの洗い物にあらためて苦笑して、明日にしようと言い合いながら、マグカップに氷をたくさん入れ、まだ温いコーラを無理やりに冷たくして飲んだ。
 日付は変わっていた。
 わたしたちはもう、なにも特別ではなくていいのだった。
作品名:八月の長電話 作家名:中町