GUNSLINGER BOY Ⅵ
君とのくらし
「奈倉兄さん、これ」
帝人はそう言って臨也に紙袋を差し出した。
気がつけば窓の外は暗い。
資料と格闘し、パソコンを操っている間に時間が経っていたらしい。
「受け取ってきた資料です」
「そこら辺においといて。思ったよりも遅かったね。」
「すみません。帰りに道を間違えてしまって・・そしたら良く分からない人達に絡まれてしまって」
「・・・その鈍くさいところ、いいかげん治らないの?」
「すみません・・」
帝人は頭はいいのだが妙な所で鈍かったり抜けていたりする。
方向音痴も出会ったころから変わらない。
怒られると大きな目を伏せてわずかにこうべを垂れるところも。
頭に獣の耳がついていたら確実に一緒に垂れているところだろう。
臨也は大げさにため息をつくと、背もたれにぐっとよりかかった。
「ま、話は後で聞くから、コーヒーとサンドイッチよろしく」
「あ、はいっ」
そっけなく言ったにもかかわらず、帝人は表情をぱっと明るくして頷くと小走りでキッチンへ向かった。
公社にいる間は社員食堂のような所で済ませているので、臨也のために食事を用意するのが楽しいらしい。
生前得意だったのだろう。
包丁に触れたこともないはずなのに、帝人は簡単な料理なら難なくこなした。
そんな彼の後姿を見ていると押さえ込んでいるはずのものがあふれてしまいそうになるので、なるべく近づかない。心配そうに『口に合いますか?』と聞かれた時も目を合わせない。直視すれば確実に負ける。
抱きしめてしまう。
・・だからこんな任務、受けたくなかったんだ。
臨也は眼鏡を机に置き、うらめしそうに資料を睨めつけた。
臨也と帝人は現在、とあるテロの首謀者を確保するため偽名を使い潜伏中だ。建前上は兄弟ということになっている。
事の発端は、粟楠会という裏社会では有名な極道組織が社会福祉公社にある取引を持ちかけてきたことによる。
粟楠会は反政府組織の情報をリークする代わりに粟楠会自体の仕事もやり易くするよう要求してきたりと、公社とはお互いの出方をうかがいつつ、つかず離れずの関係を続けている組織である。
今回の取引とは、粟楠会が敵対している明日機組がパダーニャの過激派のリーダーをかくまっているから明日機組を潰すのに協力しろというものだ。
その過激派のリーダーはここ数年、公社が血眼になって捜している人物だ。
過激派の多くは政治家や裏社会の組織から秘密裏に寄付された資金で活動しているため、明日機組にかくまわれているとしても何も不思議は無い。
ただし、粟楠会の情報も粟楠会自体も安心して信用できるものではないため、まずは少数で潜伏し情報の真偽を確かめることになったのだが・・
そこで白羽の矢が立てられたのが臨也だった。
情報収集能力も高いし帝人がついているのでいざという時にも対処しやすい。
おまけに昔この街に住んでいたことがある。
まさに適任だ・・・というのだ。
確かにここは学生時代に臨也が趣味で情報屋をやっていた地であり、この辺の街についてはかなり詳しかった。実のところ粟楠会とも少々面識がある。
だが、情報など一分一秒で変化するナマモノだから昔のものなど大した役にはたたないし、臨也の嫌悪する天敵はまだ街を離れていないらしい。そもそも戻ってくる気のなかった街にどうしていまさら来なくてはならないのか・・。
しかし一番の問題は、
「兄さん、」
振り返ればお盆にコーヒーとサンドイッチをのせた帝人が立っていた。
食欲も大して無かったはずなのに、ふわりと漂ってくる匂いに胃が刺激される。
買ってやった水色のエプロンが似合いすぎていて困る。
「コーヒーと、ハーブチキンのサンドです」
「・・・・あとで食べるから、そこら辺に置いておいて」
「はい」
「・・あと、外で呼ぶ時以外はいつも通りにしてくれる?」
「? でも昨日はこの呼び方でって・・」
「帝人」
「・・はい、臨也さん」
不思議そうに首をかしげるこの子は本当に何も分かっていない。
ずっと俺の独り相撲だ。
兄弟呼びにすればこのくだらない感情もちょっとは薄れるかと思ったら全くの逆効果だとか、もう嫌だ。背徳感でぎゃくに興奮しそうになる俺は変態か。
10年も生きられないような人形を本気で愛してしまって、なんとかその感情を捨てようとしているのに・・
公社の寮よりも洒落た作りのアパートメントに二人で、しかも公社にいるときと違って俺が仕事をしている間、帝人君は炊事洗濯をしてくれるとか、何この新婚生活みたいなシチュエーション。勘弁してよ。
臨也が心の葛藤をおさめるため前髪をかきあげため息をついているその横顔を、帝人は立ちつくしたまま見つめる。
「何いつまでも見惚れてるのさ」
「えっ・・・あ、その・・・・」
帝人の白い頬にかぁっと朱がさす。
その姿に雄の部分すら刺激されそうになって、激しい自己嫌悪にさいなまれる。
ああもう、だから嫌なんだ。
「もう先に寝てていいよ。・・・あと、なるべく俺の視界に入らないで」
顔をそらしてそう言うと、帝人は何も言わずに部屋から出て行った。
その言葉を聞いた後、帝人がドアの向こうに座りこんでしばらく放心していたことに、臨也は気がつかなかった。
作品名:GUNSLINGER BOY Ⅵ 作家名:net