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静かなる…

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『「11月10日から、ベルリンの壁をのぞく国境通過点から出国のビザが大幅に緩和される」政令が政府首脳部の審議を通過』

『東ドイツ国民はベルリンの壁を含めて、すべての国境通過点から出国が認められる』

『この政令は、いつから発効されるのですか?』
『私の認識では、直ちにです』


 これは、上司の立て続けの交代劇で混乱しきっていた政府内で起きたミス、だろうか。
 しかし、なんと混乱と誤解を招く言い方をしたものか。これらが、故意になされたものかどうか。

ニュースキャスターの声が速報を伝えている。
『午後6時より始まった記者会見において、国外旅行の規制緩和が発表されました。党によると、出国は西ドイツ、西ベルリンの何処を通っても可能との事です』


 プロイセンは夕食にパンを囓りながらテレビから流れるニュースを見詰めていた。
 情報戦はかなり早くから始まっていた。ドイツたち(今は西ドイツと呼ばないといけないのか?)西側の者は常にスパイを送り込んできていた。東側もスパイを西へと送っていたが、おそらく西側の方が遙かに数が勝っていたのではないか。
 プロイセンは、その数をほぼ把握していたが、この数年は上司への報告は一切行わなかった。上司が気付くべきことで、いちいち言ってやる義理はない、そんな気分になっていただけだ。
 言わなければ、本当に最後まで気付くことがなかった上司達。政権を維持することで精一杯だったらしい。
 実を言えば、上司に見付かることなくプロイセン個人のスパイを幾人か西側に潜り込ませていた。目的はただの情報収集と弟の動きを把握しておきたかっただけだったが。
 おそらく、弟・ドイツはプロイセンの放ったスパイの存在にも感付いていたのだろう。しかし、彼はわざと放置したと思われる。プロイセンの上司が送り込ませたスパイは全て逮捕していたが、プロイセン個人による者達には一切の手出しはされていない。
 そんなドイツの行動を甘いなぁと思いつつも口元が緩みかけるのは、仕方がないか。

 プロイセンは、この狭い国土に閉じ込められて以来、国政に一切の口出しをして来なかった。産業や外交などの仕事はこなして来たが、内政には口出しはしなかった。ロシアはそれを求めていたし、上司達もプロイセンが健在であってくれればそれで良いというように、多くは求めなかった。なので、お望み通りに大人しくしてやっていたというところだろうか。
 それ以外の時はぶらぶら散歩するか、家でクーヘンでも作るか、東側に残った知識人たちと談笑しに出掛けるか、それだけだった。
 特権階級の権限を良いように使わせてもらった感じでもある。

 国土を分断され、家族と引き離されたままになった者達も多く、そして、ロシアの管理下に置かれた政治形態。その中でこの国の者達がナチスの根源だと言わしめ闇に葬ったはずのプロイセンの名前を口にし始めたのは、いつ頃からだっただろうか。
 軍服は初期の段階からプロイセン時代のデザインを踏襲していたし、なんだかんだで「祖国プロイセン」を手放そうとはしなかったこの国の民たち。
 意地でもドイツであろうとし続けた者達。最後までロシアに染まることなく、ドイツであり続けようとしていた者達。
 結局、政治は一党独裁のまま腐敗の道を歩んでしまったが、それでも、この国の者達は必死に生きてくれていた。

 さて、そんな健気な者達をどうやって守ってやれるだろうか。すでに国の力など無きに等しい自分に。

 プロイセンは、コーヒーを啜りながらテレビ画面に視線を戻した。
 テレビが映し出すのは市民たちの姿。
 記者会見の模様を見た市民たちが検問所に向かって集まりだしている。ニュースで言っていた内容が本当なのだろうか?という半信半疑の思いから集まり始めた群衆は、次第に自らの手で自由を求める声へと変わっていっていた。
 検問所へ詰めかける人数が増えるほど、市民たちは自由を、解放を、と口々に叫び始める。
 厳しい監視体制下に置かれてきた国民たちは、怒りと悲しみと僅かでも希望を持って騒ぎ立てる。

「さすがに、数が増えてきてるな」 
 今現在の映像を流し続ける報道番組を見詰めながら、無意識にそう呟いていた。
 やり方を間違えば、暴動が起きる。
 さて、どうしたものか。

 最後のパンの一切れを口に放り込み、プロイセンはテレビを消して立ち上がった。



 ベルリンの大通りはすでに群衆で溢れていた。
「百年は無理だろうって言われてたのにな…」
 群衆を見詰めながら、プロイセンは堪えきれない笑いを零す。
 向かうのは検問所とは逆の方角。
 細い道を歩き、住宅街を進み、その家へと辿り着く。
 ドアベルを鳴らせば、東側に閉じ込められてから親しくなった初老の男が顔を出し、プロイセンを見て驚いた顔をしてみせた。
「この様な時分に、如何されました?」
「この事態に関して、あんたの意見を伺っておこうかと思ってな」
「私の意見など…」
「あんたの意見は聞くに値するだろうよ。この東ドイツに武力行使をさせずに来たのはあんたの功績が大きいんだろ?」
「私の言葉にどれほどの力があったというのか。結局、私もただの特権階級を利用した者に過ぎません。武力に走らなかったのは、国民たちの意志ですよ」
「謙遜っていうらしいぜ、そういうの。日本風に言うと」
「勿体ない言葉を。革命を起こしたければ、それは平和的で静かな革命でなければ意味が無いとは言い続けてきましたが、言うのは簡単です。それを聞き届けた市民こそが素晴らしいというもの」
「知識人なんて謳われる奴は言うことが違うねぇ。あんたの地位だと、好きに西側に移れたものを、敢えてこの国に残り続けてきたってのに」
 プロイセンは男を面白いものを見るような目で見遣った。
「俺は嫌いじゃないけどな」
「勿体ない言葉です。私は、ただ、ここが居心地がよかっただけですよ…。特権階級を利用していただけです」
 男は微苦笑を浮かべて、そう呟いた。
 プロイセンは、家の中に入ることなく、玄関先で話を続けた。中へ入ってくれという男に、すぐにまた出掛けることになるから構わないと断りを入れていた。

「…ゲートを開けるのは、難しいでしょうね。情けないことに上層部が責任逃れを始めている。検問所の軍人たちは対応しきれずにまごついているだけです。ここで、誰かが銃でも持ちだしたら一気に暴動を引き起こしかねない。そうなれば、今まで耐え抜いてきたことが全て水の泡です」
「そうなるか、やっぱ」
 男は、プロイセンの目的を、欲する言葉を理解していたのか、数瞬だけ考える素振りを見せ、そして真っ直ぐに視線を向けてきた。
「…今、この時に、あなたの立場を利用することをお許し願えますか?」
 そんな言葉は出来れば口になどしたくなかったのだろう。男は悲しそうな口調で言う。
「開けさせていいのか?」
「窮地に立たされているゲートの警備の者たちを助ける意味もあります。撃つなと言われていても、追い詰められれば市民に銃を向けかねないでしょう」
 苦渋に満ちた声だった。
作品名:静かなる… 作家名:氷崎冬花