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理解不能の攻防

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ザッと耳ざわりな音をたて散ったアクマを見届けるのもそこそこに、神田はすぐさま次の目標へ大股で向かった。そうして相手の黒い団服の襟元を掴みあげると、眼帯をしてない方の目が少し見開かれて神田を見た。
「なにしてるテメエ」
「はあ?」
 頭いいくせに、こうやって阿呆のふりして素っ頓狂な声で聞き返してきたりするから、神田は余計に腹がたつのだ。さっきまでのアクマ討伐で擦り傷の走る頬を歪ませ、阿呆のふりしてラビは神田を見返している。
「なにって、なにさ、ユウ」
「わかってるくせにわざわざ聞いてんじゃねえ!なんで避けなかったと聞いてる!」
 ラビは「ああ」と間抜けな声をだして、それから口の端に笑みを刻んでみせた。大抵の人間ならそれは愛想のいい笑顔だとだまされるんだろうが、あいにく神田はブックマン後継者のウソ笑いを見抜く。
「避けなかったんじゃねぇよ、避けれなかったんさ。バランス崩して。ユウも見てたろ」
「ああ見てた。アクマからのあの程度の攻撃、テメエなら避けれたはずだ、でも避けなかった、わざとだ、わざと攻撃に当たりにいった、俺は見てたぜ」
「ちがうっつってんだろ」
 そう言って、笑ってみせて、ラビは神田の手を離させようとする。
 しかし神田は手を離さなかった。むしろもう片方の手でも襟元をつかんだ。首を締め上げるように。さすがにラビが目を細める。片方だけの緑色が、冷たく神田を映す。
「フザけてんじゃねえ。自殺願望あるなら勝手にひとりでやってろ。そんな野郎とはいっしょに任務はできねえ」
「馬鹿いってるさ。誰が自殺願望って?」
「テメエだ。片手間にやってるならエクソシストやめちまえ」
 瞬間、ラビの拳が飛んできて神田はとっさに避けた。同時に足払いをかけてやる。さすがにそれには引っかからなかったが、続いて放たれた左ストレートを片手で受け止め柔道の背負い投げに持ち込んだ。
 地面に叩き付けた身体に馬乗りになる。が、ラビはすぐさま半身をひねって起き抜け蹴りを入れてくる。往生際の悪い。お互い様だ。
 しばらく素手の攻防がつづいたが、ラビの額のバンダナがタイミング悪くずり落ちて唯一の視界を奪ったとき、勝負はついた。脇腹に拳を突き入れると、ラビはうめいて身体をくの字に折る。膝を蹴りおろすとようやく地面に転がった。神田も寝転んでしまいたかったがプライドで立った姿勢を保持した。そうして埃まみれで倒れてるラビを思いっきり見下ろしてやる。たぶん神田も同じぐらい埃まみれだが。
「生っちろいな。そんなんでブックマン後継できんのか」
「ヘッ……」
 鼻で笑ったまま、ラビは黙った。長くて赤い前髪が目もとを覆って、ただでさえ読みにくい表情を隠してしまっている。いつもならペラペラと無駄によく回る口も、いまは鬱血のあとを残して小さく呼吸だけくりかえす。なにか言え。神田はじっとラビを睨みつけた。
「避けれなかったのは本当さ。ユウがいて助かった。ありがとな」
 神田は、頭に血が上るのを感じた。この期に及んでこの馬鹿は、なにを言っている?ラビは結局どうしたって、神田からの問いかけに真正面から応答しない。ラビのやさしさは、いつだって拒否と排他だ。
「テメエ…」
 神田はラビの胸ぐらをもう一度つかみあげた。上体が浮いて、それでもラビは抵抗しなかった。片一方の目を神田に向けて、赤い髪の間から湖面のように静かな眼差しだった。傍観者の目。歴史の語り部。心なきブックマン。
 ラビがいつからそうだったのか、神田は知らない。初めて出会ったときから、その隻眼は底知れない色を宿していて、神田は嫌悪を感じたのだ。それはつまり本能的な恐怖だった。
「テメエはいつもそうやって、はぐらかしやがる」
「めずらしいじゃん、ユウ。熱くなってる」
「ひとと距離を置いて守りたいのは自分だ。ブックマンだからじゃねえ。傷つくのが怖いから距離をとってるだけだ。それはテメエ自身のさがだ」
「自殺したがってる人間を止めるような、熱い人間だったとは知らなかったさ。情け深いじゃねーの。俺うれしくて泣けてくる」
 神田はつい口をつぐんだ。それはたぶんラビの思い通りの反応だった。
「死にてーのか」
 本気で、と呟くと、ラビはブハッと噴き出して、それから胸ぐらをつかむ神田の手をつかみ返して、笑ったまま神田を睨んだ。器用なやつだ。
「手を離せ、ユウ」
「質問に答えろ。避けなかったんだな。死にてえのか?」
「ユウに関係ないさ」
「俺もテメエもエクソシストで組織の一員だ、関係ねぇわけあるか!」
「片手間でエクソシストやってるような奴はほっといて見捨てろっつってんだ!」
 叫び返してきたラビが再び拳を握った。神田はラビの髪をつかんだ。本当は耳を引っ張ってやりたかったがピアスを引き千切りそうだったからやめといた。するとラビは頭突きをかましてきた。ぎりぎり避けたが顎をかする。なんて奴だ。やっぱりピアスのひとつ引き千切るべきだった。
「見捨てろだと?ああわかった、次からは助けねぇよテメエでなんとかしやがれ!そうやってぜんぶ拒絶して自分から断ち切って、ひとりになってろ!」
「それそのまんまバットで打ち返して場外満塁サヨナラホームラン!」
「意味わかんねーこと口走んなブックマン!」
「ニホンジンのクセに野球知らねーのかよ?ソバばっか食ってるから記憶が単細胞化するんさ!」
 だんだんと言い争いがいつもの低レベルなものになりつつあった。これが教団ならリナリーあたりが「もう!いい加減によしなさい!」とかモヤシあたりが「見苦しいですよ馬鹿同士の口喧嘩は」とか仲裁が入るわけだが、あいにく今は任務中でどこともしれない森のど真ん中だ。
 いつのまにか不毛さに気づいたラビがさっさといつもの阿呆のふりを取り戻していた。やる気なくため息ついて「野宿が嫌ならそろそろ街に戻るさ」とうながしてくる。同い年のくせに、時々こうやって年上風をふかせるあたりも神田は気に入らない。正確には神田の方が2ヶ月ほど年上なのだ。ラビが今現在自称する誕生日が本物のそれなら、の話だが。それを言い出せばラビに関する身上すべてのデータは本物がどうか疑わしい。
「俺はエクソシストだ」
 街へと戻るために足を運びながら神田が言い放つと、横並びに歩くラビはおもいっきり何言ってるんだ頭おかしいのか?という顔を向けてきた。本当に時折、遠慮もくそもないやつだ。
「黒の教団に所属してアクマを退治する。俺の仕事だ。でもそれ以外に、寝て起きて飯を食うし、顔を洗って服を着る。そうゆうこともしてる」
「はぁ」
 意味がわからない様子でラビの生返事。バンダナはずり落ちて首元にかかったままだ。赤い髪がいつもより長く見える。
「だからテメエがエクソシスト以外のことをしてても当然のことだ。エクソシストを舐めてるとか、そうゆう風には思ってねえ。少なくともテメエは、信頼できる部分もないことはない。なけなしだが」
「ひかえめなお褒めの言葉をありがとう」
「だから悪かった。エクソシストとしてのおまえをけなした訳じゃない」
「……」
作品名:理解不能の攻防 作家名:べいた