Dasein
Dasein(存在)
国、が人と同じ様に存在する。しかし人であって人でない。
愛しい民達と同様に感情があり、喜び・怒り・悲しみ・楽しみ…愛する。
長い歴史をかけがえのない者を犠牲にしながらも俺は愛すべき民のため、自分のため、永き道を歩んできた。
数少ない休日でも家事に仕事に勤しんでいた金髪碧眼の自他ともに認める体格のいい男はリビングのドアを開き、目的の相手を見つける。
「なぁ兄さん、俺たちは国であり人でもあるんだよな?」
ルートヴィッヒ――人であると同時にドイツの名を背負う男は兄さんと呼ぶ銀髪の紅い眼を持つ男に静かに問いかけた。
「お、ヴェスト!お兄様の相手もしねぇで片づけてた仕事は終わったのか?」
ギルベルト・バイルシュミット――今はルートヴィッヒと共にドイツの名を背負い、かつては軍国プロイセンとして最前線で戦いながらドイツの礎を築いた男。
ソファーで撫でていた小鳥から手を離し振り向きながら唐突な質問には答えず『まぁたなんか考え込んで変な方向に飛んでんだろ』とでも言うように苦笑いを浮かべていた。
「あぁ、仕事はあらかた片付いた。それでふと思ったんだが・・・。」
「国であり人で、ってやつか?」
こくりとルートヴィッヒは頷く。伏し目がちなルートヴィッヒは今日は前髪を下しているためかいつもより頼りなく幼い印象を与える。
ギルベルトは自分の隣を勧めると大人しく座り込んだ弟の髪に指を通しながら目を細めた。
「急にどうした?」
何か不安に思う問題でも生じたのだろうかと思いながら問いかける。
ドイツの仕事は主に弟がこなし自分は補佐ぐらいの役割だ。
昔に比べればはるかに減った量にギルベルトがてこずるわけもなく、むしろ周りからはニート・自宅警備員なんてすら言われている。
「上手くは言えんが・・・俺たちは国であり人でもあるだろ?痛みも感じれば感情もある。
あー・・・で、だな。ドイツとしての俺がその感情に流されてもいいのか、とかこの感情はドイツという国であるが故に生まれるか・・・などといったことを考えてしまってだな・・・。」
「感情ねぇ・・・で、行き詰まったってわけか。」
「いきなり聞いてすまないとは思ったが、こういったことにはどうも本も役に立たずで・・・。」
「んなマニュアルあるわけねぇだろ、俺たちみたいな存在に関する本なんかよ。」
国民性というか、相変わらずマニュアル第一の弟にどこかほっとしながらもギルベルトは笑みを深くしケセセと笑いながら項垂れたルートヴィッヒの頭をポンポンと叩く。
「でも急だな。好きな奴でも出来たかー?」
ニヨニヨと意地の悪い笑みを浮かべながらからかう様に問いかける。
「ja」という返答が来ないことを願いながら――――。
内心はそんな軽い口調とは裏腹に焦っていた。
ギルベルトは同性の、しかも弟―――ルートヴィッヒに家族愛以上のモノを抱いていたから。
出逢ったときから惹かれた
髪も眼も自分とは対照の色をもつ弟に
まっすぐに自分を慕う眼差しに
命を賭して、己の全てで護ると誓った
いつの間にか親愛だと思っていた感情には焦れる様な想いも、触れたいという欲求も、嫉妬に狂う独占欲も生まれ…己の性欲の求める対象にすらなっていた。
気持ちに自覚したのはもう昔過ぎて思い出せないくらいだ。
同性の、弟でもあるルートヴィッヒに対する気持ちには勿論悩んだ。
伝えるなんてことは出来ない。あの空を映したような瞳が濁ってしまうのは耐えられない
しかに諦めるには育ちすぎてしまった気持ち。
ならば、とギルベルトが出した結論は『傍に居られるならば最高の兄でいよう』というものだった。『兄さん』と最愛の存在が呼んでくれるのであれば家族という枠組みでも…特別で最も近い存在とでいようと。
「す、好きな奴、だとっ!?そんな、何を言っているんだ兄さんは・・・!!」
わかりやすいくらいに赤く染めた頬にわたわたと動く視線や手。
否定の意味を成す言葉と紡ぎながらも子供が見てもわかるような態度。
明らかに肯定を示していた。
「照れんなって!!別にいいと思うぜ?俺たちには感情があるだから。つーか相手は誰だよ・・・一般人か?」
弟の誰かに向ける恋心を喜びながらも応援する兄、を心がけながらギルベルトは聞く。
ポーカーフェイスは慣れていると言い聞かせながら。心中は穏やかなんて言葉とはかけ離れた状態であったが・・・。
(一般人という可能性は低いだろうな。まず出会いがねぇしルッツが国民に、とは考えにくい。となると・・・フェシリアーノちゃんか?)
かつての同盟国であり、弟が世話を焼いていた青年を思い浮かべながら返答を待つ。
「からかわないでくれ!・・・その・・・一般人でなく、俺たちと同じ、国だ・・・。」
話すつもりはなかったのだろうがルートヴィッヒは兄の視線に観念したかのように相手について語りだした。彼も抱えきれない恋心を誰かに話すことで楽になりたかったのかもしれない。
「だよなー。ドイツとしてって言ってたけど、そいつはドイツと関係が深いのか?」
「ああ。だからこそ俺は・・・この感情が俺個人ではなく、ドイツであるから生まれたものではないのかと。」
さっきよりもだいぶ落ち着いたトーンでルートヴィッヒは前を見据えたまま話す。自分の感情に自信が持てないのか少し自虐的な笑みを浮かべていた。
(坊っちゃん、フライパン女、スイス兄妹、フランス、イギリス、菊、フェシリアーノちゃん・・・・有力候補はフェシリアーノちゃんだろうな。)
ざっと思いつく国を挙げていくが、やはり予想通りイタリアだろうとギルベルトは考えた。
本当は今すぐにでも自分の気持ちを打ち明け自分のものにしたかった。自分以外の誰かと心を通わすぐらいならば閉じ込めてでも独占したいとさえ思った。
「ルッツ、確かに俺たちは人とは違う。国であると同時に人でもある。」
(だが・・・閉じ込めて自分以外を見ない様にしても一番欲しい心は手に入らない。)
そう理解しているからギルベルトはルートヴィッヒを励まし応援するということしか出来なかった。
「人と人の気持ちはそれぞれ違うだろ?気持ちなんてものは個人の持ち物なんだよ。ドイツでもあるが、人でもある。だからその感情はお前個人のモンだ。」
安心しろ、というようにルートヴィッヒに微笑む。
(結局、俺はヴェストの幸せが一番なんだよな)
ルートヴィッヒはその言葉が普段の兄からは想像できないようなことだったのか
口をはさむことなく、じっと聞いていていた。
「そうか・・・ドイツだからではなく、俺個人の・・・。」
ほっとしたように、しかしまだ納得しきれないように兄の言葉を繰り返す。
「じゃあ聞くけどよ、お前はドイツとして何か恩があったからそいつに惚れたのか?」
「な、そんなことあるはずがないだろう!!俺は・・・・!」
「だろ?お前の中で答えは出てんだよ。安心しろ、間違ってねーよ。」
相手のことを話すと思ったら続きが聞きたくなくてギルベルトはルートヴィッヒの言葉を遮ってしまった。
「ああ、そう・・・だな。いや・・・突然すまなかった。」
「気にすんな、なんたって俺様はお前のお兄様なんだからよ!」