イトシゴよ
ツマラヌ傀儡よなァ。
それが、大谷が初めてその男を目にした際に内心で呟いたことだった。
大谷は豊臣軍に属してはいるが、豊臣の覇王と軍師の思想に共鳴しているというわけではなかった。単純に、力で総てを蹂躙し尽くすこの軍勢の姿に悦びを覚えているからだ。強きは引き上げられ、弱きは踏み潰される。覇王と軍師はこの国の将来を見据えた末にその決断をやむなしとしたが、大谷が見る限りでは、その大層な思想を理解せずにただ力を振るうこと自体に狂喜する輩も多い。
まずまず、良い軍である。
この世に疲弊を、悲嘆を、慟哭を、絶望を、不幸を、一片の曇りなき、純然たる不幸を!大谷の宿願に対して、この軍は本当によく応えてくれた。それが、大谷が豊臣に身を置き、優れた知能を存分に捧げる理由であった。
その大谷にとって、石田三成という名の男は、全く食指の動かぬ相手だった。
他の追随を許さぬ忠誠を豊臣に誓い、一振りで数人の命を瞬く間に奪う技量を持つ男だが、大谷にしてみれば何の面白みもない。大谷が好くのは他者の不幸と絶望である。例えば、己の力を誇示することを悦びとし、狂った眼をして戦場で好き勝手に刃を振った輩が、逆に急所を突かれて死に至る瞬間のいっそ間抜けな非業の顔。あるいは刃を他者に向けることを心底厭い、戦場に怯えながら、いざとなれば己が生き残るために他人を切り刻む輩の、泣き笑いのようなひしゃげた顔。そういうものを見ることに悦を感じる大谷にとっては、何の感慨もなく他者を葬り、幸も不幸も関係ないといわんばかりに戦場に佇む男の姿は無意味に等しかった。
たとえ何を為そうと穢れなき潔癖な眼を持ち続け、その顔が歪むのは豊臣に反する行為への怒りによってのみ。戦場に悲痛も悲嘆も感じることはないつまらぬ男だ。
この男は、豊臣にただ盲目な信奉を掲げている空ろなひとがたとすら言える。
糸に気付かず操られ、泣き喚いてこその傀儡である。糸に頬ずりをし、いかなる非道にも嬉々として従う傀儡など操る価値もない。
大谷は興味もなければ関心もなかった。
なのにどうしてこんなことになったのか。
その時大谷は茫然としながら、普段は厚い布で覆った顔を曝け出し、内心で侮っていた男のつめたくも整った顔を見つめるしかなかった。
それが、大谷が初めてその男を目にした際に内心で呟いたことだった。
大谷は豊臣軍に属してはいるが、豊臣の覇王と軍師の思想に共鳴しているというわけではなかった。単純に、力で総てを蹂躙し尽くすこの軍勢の姿に悦びを覚えているからだ。強きは引き上げられ、弱きは踏み潰される。覇王と軍師はこの国の将来を見据えた末にその決断をやむなしとしたが、大谷が見る限りでは、その大層な思想を理解せずにただ力を振るうこと自体に狂喜する輩も多い。
まずまず、良い軍である。
この世に疲弊を、悲嘆を、慟哭を、絶望を、不幸を、一片の曇りなき、純然たる不幸を!大谷の宿願に対して、この軍は本当によく応えてくれた。それが、大谷が豊臣に身を置き、優れた知能を存分に捧げる理由であった。
その大谷にとって、石田三成という名の男は、全く食指の動かぬ相手だった。
他の追随を許さぬ忠誠を豊臣に誓い、一振りで数人の命を瞬く間に奪う技量を持つ男だが、大谷にしてみれば何の面白みもない。大谷が好くのは他者の不幸と絶望である。例えば、己の力を誇示することを悦びとし、狂った眼をして戦場で好き勝手に刃を振った輩が、逆に急所を突かれて死に至る瞬間のいっそ間抜けな非業の顔。あるいは刃を他者に向けることを心底厭い、戦場に怯えながら、いざとなれば己が生き残るために他人を切り刻む輩の、泣き笑いのようなひしゃげた顔。そういうものを見ることに悦を感じる大谷にとっては、何の感慨もなく他者を葬り、幸も不幸も関係ないといわんばかりに戦場に佇む男の姿は無意味に等しかった。
たとえ何を為そうと穢れなき潔癖な眼を持ち続け、その顔が歪むのは豊臣に反する行為への怒りによってのみ。戦場に悲痛も悲嘆も感じることはないつまらぬ男だ。
この男は、豊臣にただ盲目な信奉を掲げている空ろなひとがたとすら言える。
糸に気付かず操られ、泣き喚いてこその傀儡である。糸に頬ずりをし、いかなる非道にも嬉々として従う傀儡など操る価値もない。
大谷は興味もなければ関心もなかった。
なのにどうしてこんなことになったのか。
その時大谷は茫然としながら、普段は厚い布で覆った顔を曝け出し、内心で侮っていた男のつめたくも整った顔を見つめるしかなかった。