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イトシゴよ

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 興味の湧かぬ相手とは言え、三成は戦における有用さにおいては随一である。竹中半兵衛の大勢を見据えた軍略を元に、戦場での細かな指令執行を担当する大谷と、機動力の高い三成の一軍とは行動を共にすることも多い。大谷も個人的感情は無視して同じ戦場に立つのが常であった。
 そしてその日の戦いにおいては、大谷が珍しく戦局を見誤った。
 険しい山中での戦で、互いの軍勢は移動しながら刃を交わし、ついには平坦な場所に誘い込まれた。そうと悟った瞬間、大谷が退却を指示する寸前に、どうと上空から岩盤と砂の波が降ってきたのだ。仕掛けられた罠に対処する間もなく、豊臣の兵が次々と打ち砕かれ、土くれの奔流に呑まれる。地形を利用した罠は避けようがなく厄介だった。大谷の輿も巻き込まれ、成す術もなく身体が投げ出される。その空中で岩石が大谷の頭を直撃し、鈍い音と痛みが奔った。そのまま数多の兵と同じく土石に呑まれるかというところで、
「退くぞ刑部!」
 鋭い声音が耳を打つと同時に、がくんと腕が取られる。そのまま回る視界で見たのは、己を抱え上げながら、空中を舞う巨大な石を選んで飛び移る三成の姿だった。たん、たん、たんと重みを感じさせぬ動きで次々と岩を渡り、ついには岩盤を崩した上方の場所へと、砂埃を上げて着地する。まったく人間とは思えぬ、と大谷は痛みに朦朧とする頭で呆れた。
 着地と同時に大谷を乱暴に投げ出し、三成はぎらりと光る眼で前方を見た。そこには、この仕掛けを動かした少数の軍勢が、驚愕の面持ちで固まっていた。
 地に伏しながら、薄らと意識を残した大谷は、たちまちに巻き起こる阿鼻叫喚を聞いていた。

 ひと通りの粛清を終えた三成は、息も乱さぬままに大谷の傍へと戻ってきた。地面に手足を投げ出していた大谷をぞんざいに起こし、傍の木へ寄り掛からせる。荒い息を吐き、焦点の合わぬ眼をした大谷の側頭部がべったりと赤く濡れているのに気付いた。
「傷を負ったな、刑部」
 三成の問いに対しても、ひゅうと喉が鳴る音だけが返る。それに片眉を跳ねあげた三成は、一寸考えた後に、声もかけずに大谷の兜に手を伸ばした。そして何の躊躇いもなくそれを奪う。
 いきなり重みがなくなった頭に、大谷は朦朧とした意識のまま愕然とした。ぐらりと揺れる視界を無視して、奪い取られた面を求めてがむしゃらに腕を振り回す。その手首を、三成が無造作に掴んだ。
 瞬間、大谷の全身が漣のように痙攣した。
「何だ、暴れるな。傷を診る」
 三成は帯状の布を巻いた手首を掴む手にわずかに力を入れながら、邪魔そうな口調を隠しもせずに言う。大谷はひゅうひゅうと荒れる息の中から言葉を絞り出した。
「……触れる……な」
 ヒ、とあえて不気味に引き攣った笑いを吐き出す。
「触れれば、ぬしも、呪われようぞ」
 三成の返答はひと言だった。
「意味がわからん。」
 そして、言うと同時に兜の下の白い布までも剥ぎ取り始めた。
 今度こそ、全身で脈打つ総ての苦痛を無視して大谷は叫んだ。
「やめよ、何を……する!」
「止血をしなければ動けまい」
「要らぬ、」
「それは私が判断する」
 淡々とした返答の間にも、三成の手は止まらない。大谷の顔の周囲がくいと引っ張られ、ふっと冷たい空気が近くなった。幾重にも巻いた布が本当に剥がされているのだと思い知った途端、大谷は一気に恐慌状態に陥って暴れた。
「やめよと言うている!」
「邪魔だ」
 三成は、大谷の抵抗を煩わしげに見やり、挙句の果てにぐいと片手で首元を抑えつけて固定した。羽虫を払うような態度だ。そしてもう片方の手で無造作に布を剥ぎ取っていく。仮にも傷を診ようという怪我人に対して相応しい行動ではないが、三成が優先するのはすみやかにこの同胞に手当てをし、一刻でも早く帰陣して敬愛する軍師に不測の事態の赦しを求め、新たな軍略を授かることである。当人の無意味な抵抗など慮るつもりは毛頭なかった。
 大谷は思いつく限りの罵詈雑言を腹のうちで撒きちらしながら、必死に己の首を捕える三成の腕に掴みかかったが、ただでさえ腕力では劣る上に、いまだに力の抜けた両腕ではびくともしない。
「こ……の、傀儡が!!」
 強引に己の身を晒そうとする男に、大谷は殺意すら覚えた。怨嗟の声を吐き出しながら、ほとばしる怒りのままに、両手で印を結び己が手足として扱う珠に命じた。
 この男の頭蓋を砕いてしまえ!
 呪詛に応えて、八つの珠が唐突に現れたかと思うと、唸りをあげて三成へ襲いかかる。そのまま脳漿を撒き散らして死ね、と大谷は薄ら笑いを浮かべて呪った。
 だが、次の瞬間甲高い音を発ててすべての珠が跳ね返った。神速を誇る男が、片腕で引っ掴んだ刀で容易く打ち払ったのだ。
 そして男は大谷の殺意にすら興味はないといわんばかりに、はらりと最後の一枚を捲った。
「ああ―――深くはないな。これならば直ぐに済みそうだ」
 秀吉様をお待たせしないで済む。
 そんなことを言いながら、己の頭をまさぐる男の顔を真正面から見て、大谷は一瞬前の殺意すら忘れた。
 ただただ茫然とした。
 開けた視界で見る、神に愛された造作をした男は、晒された大谷の顔に何の躊躇いもなく触れている。
 おぞましきもの に。

作品名:イトシゴよ 作家名:karo