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さよなら、神様。

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ウェディングドレスを着た姉さんは、それはそれは美しかった。真珠のネックレスがきらきらと光を放つ。純白の衣に纏われた姉さんは、まるでどこかのお姫様みたいだ。金色の髪と翠の瞳に、純白のドレスはよく映える。
「ど、どうですか?ローデリヒさん・・・。」
「・・・・」
ローデリヒさんは姉さんに見惚れて声が出せないようだった。姉さんは応えがないことにおろおろと慌てる。
「ローデリヒさん、姉さんに見惚れてるみたいだよ。大丈夫、すっごく似合ってる。」
 にっこり笑ってフォローすると、姉さんは真っ赤になる。
「ローデリヒ・・・さん・・・?」
 きゅ、とローデリヒさんのタキシードの裾を掴んで聞く。ああ、代わって欲しいものだ。ローデリヒさんはごほんと一つ咳払いをしてから、赤らんだ頬を隠すように言葉を続けた。
「私には・・・勿体ないくらい、美しい花嫁ですよ。エリザベータ。」
 二人は見つめあって笑った。ギルベルトが席を外していてよかった。ここにいたらまた大変なことになるだろうから。
「はいはい、邪魔者は消えますよ!・・・っと。その前に。姉さん、ローデリヒさん借りてもいい?」
「え?いい、けど・・・。」
「何か?」
「ちょっと男同士で話したいことが。」
 俺はローデリヒさんを連れて、姉さんのいた部屋をでた。結婚式場にはたくさんの部屋があって、ここは花嫁の控室だった。俺とローデリヒさんは新郎控室に向かう。
「ローデリヒさん。」
「なんでしょう?」
 俺は、ローデリヒさんの瞳を見つめた。
「姉さんのこと、よろしくお願いします。」
 深々と頭を下げると、ローデリヒさんは驚いたような声をあげた。俺は顔をあげて話を続ける。
「喧嘩してもいいから、あんまり、泣かせないであげて。姉さん、強がってばっかりで、全然頼ってくれないかもしれないけど、寂しい時はそばにいてあげて。家事はローデリヒさんのほうがうまいかもしれないけど、料理は上手だよ。」
 にっこりと笑うと、ローデリヒさんはふ、と声を漏らした。
「やっぱり、姉弟なんですね。」
 声を殺してくっくっと笑う様子を見て、俺は茫然としてしまう。何がそんなにおかしかったのだろうか。
「そういうところ、エリザベータにとても似ています。」
 俺はなんとなく恥ずかしくて、後ろ手に頭を掻いた。
「承知しました。エリザベータは私が必ず幸せにすると誓いましょう。もちろん、妻の家族である貴方のことも。」
 ローデリヒさんはふふ、と笑った。姉さんがどうしてこの人を選んだのか、わかるような気がした。
「それが聞けたなら、俺は満足です。よろしくお願いします。義兄さん。」
 俺はもう一度深く頭を下げる。時計を見ると、もうすぐ式の始まる時間だった。
「貴方に兄と呼ばれるのはなんだかくすぐったいですね。」
「ええー?でも俺昔から兄が欲しかったんですよ!」
「しかし、兄替わりは既にいるでしょう?」
「ギルベルトのことですかー?嫌ですよ、あいつなんてただの馬鹿ギルで十分です!」
 ローデリヒさんは何かに思い巡らせるように、呟いた。
「そこらで、落ち込んでいるのではないですか?」
「・・・もう、めんどくさいな!あいつは!ちょっと行ってきますね!」
 俺はへこんでるギルベルトを探しにローデリヒさんと別れる。
「式が始まる前に戻ってきてくださいね。」
 ローデリヒさんの声に、手だけで応えた。


ギルベルトがうずくまって座っていたのは、式場の庭園の茂みの所だった。隠れようとしているのか、それとも見つけて欲しいのか。銀色に光る髪は茂みからはみ出していた。頭隠して尻隠さず、とはよく言ったものだが、頭でさえ隠れていない。俺は頭を抱えてはあと溜息をついた。こいつが兄替わりなんて冗談じゃない。手のかかる子供のようだ。丸見えになっているギルベルトの頭をばしっと叩いた。
「何やってんだよ馬鹿。そろそろ始まるんだぞ?」
「なんだよ・・・お前か・・・」
「まだうじうじしてんのかよ・・・」
ギルベルトはそう言われてぴくりと動いた。どうやら図星のようだ。
「う、うじうじなんて、してねーよ!・・・もう、時間なんだし、行く。」
俺はふうと息をつく。結局こいつは言わないままこれからずっと過ごしていくのだろうか。
「まあ、結婚式に告白されても迷惑だよなあ。」
「うっ・・・!」
 ギルベルトはまたたじろいだ。もしかして言うか言わないか、迷っていたのか。
「お前がしたいようにすればいいだろ。お前の人生なんだし。」
「いや、言わねーよ。これからも俺たちは変わらないまま、幼馴染だ。後悔するかもしんね―けど、これが多分俺の最善の選択だから。」
 ギルベルトは少し寂しそうな顔で、けれど心が晴れたように、にかっと笑った。俺もつられて笑みが零れた。本当に、手のかかる兄貴分だ。

花嫁控室に戻ると、姉さんとローデリヒさんが待っていた。もうすぐ式が始まるようだ。
「お待たせ。」
 ギルベルトを連れて行くと、姉さんは手を腰にあてて怒っていた。
「もう!遅いじゃない!一緒にバージンロード歩くんだから、しっかりしてよね!」
「ごめんごめん。ギルベルトが迷子になっちゃって・・・。」
「ちょ!」
 咄嗟についた嘘にギルベルトが反論しようとするのを、視線で制する。
「ギル!なにやってんのよ!」
「ほら、そろそろ始まりますよ。」
 行きましょうか、と言うローデリヒさんについて、教会に移動した。


白く塗られた教会は神聖な空気を放っていた。太陽の光がステンドグラスから零れて、すごく綺麗だ。姉さんはヴェール越しに俺を見て、笑った。姉さんの腕が俺の腕に組まれる。じゃあ、行こうか。と小さな声で呟くと、ローデリヒさんの待っている祭壇まで、深紅に彩られたバージンロードを二人で歩いて行った。定番のウェディングソングが流れている。メンデルスゾーンの結婚行進曲。祭壇への道程がすごくすごく遠く感じた。隣を歩く姉さんを見ると、こっちを向いて笑った。幸せそう。俺は歩きながら、小さな声で話す。
「姉さん。今までずっと、ありがとう。」
「・・・私こそ。ありがと。」
 こつ、こつ、と聞こえていた足音が止まった。祭壇に着いたのだ。ローデリヒさんが笑いながらこちらに手を差し出した。俺は姉さんと組んでいた腕を離す。ヴェール越しに、姉さんの泣いている顔がよく見えた。俺は姉さんの背中を押した。
「ずっと、ずっと、好きだった。・・・さよなら。」
 涙がひとつだけ零れた。姉さんは俺の方を一度だけ振り返る。
「ありがとう。」
にっこりと笑った姉さんは本当に綺麗だった。

それまでミンミンと鳴いていた蝉の鳴き声はもう消えていた。窓のほうに目をむけると、木にとまっていた蝉がころりと落ちるのが見えた。俺は姉さんと、ローデリヒさんの背中を見つめた。
さよなら、神様。ただひとりの、俺の愛しい人。

こうして、俺の最初で最後の恋は、終わりを告げた。
暑い暑い、夏のことだった。

                            了.
作品名:さよなら、神様。 作家名:ずーか