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この息を奪って

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「だから大根二本は買い過ぎだって言ったのにぃ」
「・・・・・・」
「ほんと乱ちゃんてば無計画なんだからぁ」
「うるさいわねその口調うっとおしいのよ、雛!」
 叫びながら鍋の蓋を振り回す松本の横で、伊勢は無言のまませっせとアクとりに専念していた。暴れる松本の向かいでアハハハ怪獣みたいですよと雛森は無邪気に笑っているが、その突っ込みはいちいち的を得ている。なぜなら実際に、鍋用に買い込んだ具材は大根のみならず白菜も椎茸も豚肉もまだまだ残っているので。

 そもそも本日の就業後の鍋in松本家は女三人しかおらず、いくら雛森が体に見合わず大食とはいえ、買いだしに行った時点で誰かが、どんぶり勘定で次々と大量の具材を買い物カゴに放り込む松本の暴走を止めるべきではあった(この場合まちがいなくそれは伊勢の役目だ)。夜も更けてきて、すでに三人ともけっこう満腹感が漂い始めたというのに、まだまだ鍋用に切られた野菜と肉プラス締めのうどん玉が、煮立った鍋に投入されるのを待っている。これは由々しき事態だ。

「わかったわよ、だれか呼べばいいんでしょ!」
「できるだけお腹を空かせた大食漢をお願いします」
 伊勢の付け加えに、ハイハイとぞんざいな相槌をうちながら、松本は携帯のメモリーを探り出す。
「あーなんかロクな男いないわねーあたしのメモリ」
「わぁ、乱ちゃんていっぱい登録してますね!すごーい!だれ呼ぶんですか?」
「雛はだれ呼んでほしい?」
 好きな奴選んでいいわよー、えホントですか、と二人は女らしいウフフな会話を展開している。内心ちょっと気になりつつも、無心にアクを取り続ける伊勢であったが。

「あ、檜佐木先輩だ!」
 突然松本の携帯の画面を覗いていた雛森が嬉しそうな声をあげ、伊勢は思わずびくっと動きを止めた。
「そういや最近こいつと遊んでないわ。修兵呼ぶ?」
「わぁ〜先輩来たらたのしそうですね!」
「・・・でも松本さん、私、檜佐木さんとはほぼ面識ないですが」
 というか覚えてる会話は一度だけなんですが。
「そなの?じゃあこの機会に仲良くなっときなさいよ」
 伊勢の発言をさらりと流し、問答無用で松本はすでに携帯を耳に押し当てている。かすかに漏れるコール音を聞きながら、伊勢は心から留守番電話サービスに転送されることを願った。



 ピロロロロッ
「ん?」
「あ」
 唐突に鳴り響いた電子音に、二人はほぼ同時に声をあげていた。
「すんません」
 誰だよ間の悪い、とやや焦りながら、いそいで檜佐木が携帯を取り出すと、画面に浮かぶ「松本 乱菊」、その文字を見ただけで盛大な溜め息がでた。この時間に彼女からかかる電話の99%は飲み会へのお誘いだ。(誘いというより有無を言わせぬ強制呼び出し)
「出ていいよ」
「あ、すんません、」
 デスクに広げた書類を片手に、東仙がいつものように柔和に笑ったので、仏の許しを得た檜佐木は出ないわけにもいかず、とりあえず諦めに似た気持ちで通話ボタンを押した。

「・・・・・はい」
『なによ辛気くさい声だして!ジジィじゃあるまいし!』
 いきなり松本節が耳元で炸裂した。
「隊長室なの!声おさえてるの!なんですか一体」
『修兵、今なにしてんの?ヒマ?』
「仕・事・中!隊長に報告してんです!」
 人の話聞いてんのかアンタ!
 松本を相手にしているとだんだん檜佐木もヒートアップしてきて、すでに声は遠慮なく抑えがきいてない。その様子を眺める東仙は笑いが押し殺せなかった。
『あっそ、じゃあもうすぐ上がりでしょ?うちんちで鍋してるから来なさいよ、具材余ってんのよ』
「もう電話切っていいですかいいですね切りますよ」

 ブチっと通話を切断する間際、「絶対来なさいよ!」という松本の一喝が耳に残った。俺は残飯処理班か。
 改めて東仙に向き直ると、彼は相変わらず笑いながらひらひら手を振っていた。
「いいよ、もう今日は上がりなさい。あとは僕が目を通しておくから」
「いや、ですが、」
「今君はここよりあっちで活躍すべきだよ」
「はぁ・・・・すんませんほんと・・・」

 なんだかよく分からない感じに東仙に言い含められ、結局檜佐木は手土産の清酒片手に松本家に向かうこととなった。





「つーかなんで鍋が白いんですか」
「豆乳よ」
「いま流行りなんですよー豆乳鍋って」
「・・・・・・・」
 お邪魔します、と冷えた体をこたつに潜り込ませて早々、檜佐木は煮立った乳白色の鍋の中をうさんくさそうに覗きこんでいる。雛森は皿と箸を渡したり酒をそそいだり嬉々として世話を焼いてるが、松本はそっちのけで檜佐木が持参した清酒を掲げ品定めに夢中だ。そして伊勢はやはり無言で鍋奉行していた。
「・・・なんか粕汁みてえだな」
「あ、たしかに」
「これシメはなんなの?」
「うどんです」
「豆乳にうどん!おいおい、白に白だな。見分けられんのか」
「あーもうごちゃごちゃ言ってないで早く食っちゃいなさい!」
「へーい」

 檜佐木と雛森ののんきな会話に、ようやく松本がツッコミをいれる。いただきまーすと箸と皿を手に身を乗り出した檜佐木の右側に座る伊勢は、終始無言であったがここにきて口出しせずにはいられなかった。鍋奉行として。

「そっちまだ煮えてません」

 鍋の中の豚肉に箸をのばしていた檜佐木が、ぴたりと動きを止めた。そして思いっきり伊勢のほうに振り向き、そのうえじーっと見つめてきたのだった。今日初めて目が合った、しかもガン見とは。伊勢はもう少しで手に持っていたガラ入れを落とすところだったがなんとか耐えた。今までにないけっこうな至近距離、彼の右目を縦断する傷痕と左頬を横断する刺青が、はっきりと見える。

 一瞬の見詰め合いののち、先に動いたのは檜佐木だった。
「そなの?じゃあ白菜はいける?」
「・・・・こっち側のであればいけると思います」

 意外にあっさりとした檜佐木の言葉に、伊勢は表面上冷静さを保ちつつも内心困惑と混乱の大戦争だった。なんだったんだあのガン見は。歯に青ノリでもくっついてたのかしら。食べた覚えないけど。それとも「誰このメガネ」とか思われてたらどうしよう。私は派手な副隊長グループの中では地味なほうだし。だって各隊の副隊長って髪真っ赤だったり超巨乳だったりドえらい刺青はいってたり、やたらすごいんだもの。

「お、おー・・・うまい」
「おいしいですよね!よかったぁ」
 いっぱい食べてくださいねっ、とか言いながら雛森もがんがん食べ続けている。松本はといえばさっそく一升瓶の封をあけ、自分でコップにそそいでいた。
「それにキムチいれてもおいしいのよ。豆乳のマイルドさとキムチのピリ辛が絶妙なの。・・・あーおいしいっ」
「でしょ。それけっこういい酒なんで一人でガブ飲みしないでくださいね。隊長にいただいたやつだから」
「一人で一升も飲まないわよギンじゃあるまいし。東仙隊長にお礼参りにいかなくっちゃねー」
「全力で阻止します」
「乱ちゃん、日本語まちがってるから」

 のほほんとしてるような殺伐としてるような三人の会話を聞きながら、伊勢はそっと檜佐木のほうに目をやる。
 この男、本当に私のこと覚えてないのかもしれない。
作品名:この息を奪って 作家名:べいた