Dog_Fight
しきりに、肩をすくめるマックスをはたきながら、にぎやかな連中が出て行った。
ひとりになった医務室は静かで、ぽっかりと穴が空いたような感じがする。
リュウは、胸の前で指を組み、眉をしかめながら、ひとつ深呼吸すると、ベッドから降りて、医務室を後にした。
「なんだ、こっちへ帰ってきたのか。」
宿舎の自室へ戻ってきたリュウの目に、はしごを上った先にある上段のベッドに、所在なげに組みかえられている足だけが見えた。
時刻はもう深夜を回っていたが、ボッシュはベッドの上に寝転んでいるだけで、眠ってはいなかったらしい。
「あぁ、こんな時間だけど、もう目が覚めたから。
どんな処分になるのか、皆、気にしていたよ。」
相手の顔が見えないまま、ベッドの上段へ向けて、リュウは続ける。
「おおかた、謹慎か、まぁ減棒処分てとこだろ。」
マックスには、減棒処分が一番こたえるだろうな、とリュウはこっそり思った。
「あの騒ぎは、事故で処理だって、隊長が言ってたけど。」
「表向きはな。あの老朽施設は、もともと、
まもなく取り壊され、作り直す予定だった。
だから、あの場所を選んだ。
すぐに最新型の訓練施設ができる計画さ。」
「ファーストの、スポーテッドは?」
「たまたまあのとき、あの場所を通りがかった、ファーストやセカンドの証言があって、内々に処分されたぜ。
だいたい、あのお遊びは毎年恒例で、隊長だって黙認してきた。
ところが、あいつは、やりすぎた。
それで事故も起きた。そういうこと。
恒例行事もお開きだろう、とさ。」
ボッシュの右のブーツが、左のひざの上に乗っかったまま、ぶらぶらと揺れている。
それを見ながら、リュウが口火を切った。
「屋上で気を失った俺を、ボッシュが、引き上げてた、って、ターニャにきいたよ。
――そうなの?」
「…あんの、おしゃべり女…。」
一瞬ブーツの動きが止まって、ボッシュが上半身を起こし、高さの違うまま、2人の目が合う。
「お前のそれ、肋骨骨折だって?」
「よけきれずにね。」
「ふーん。
しばらくは、息をしても、痛むぜ。」
「ゼノ隊長にも、言われた。」
「楽しみが、増えたな。ま、しばらくおとなしくしてろよ。」
「…いやだ。」
リュウは、目をそらさなかった。
「ボッシュ、俺を置いていくな、なんて
一度でも、俺が、言ったか?
そんなこと、たのんだか?
俺はただ、
ひとりで敵の中に飛び込むようなまねをやめてほしいだけだ。」
「はぁ?」
「…取引の場にひとりでつっこんでいったとき、どれだけ心配したと思うんだよ?
俺の力を認めようが、認めまいがそっちの勝手だ。
でも、俺は、お前に、ひとりで行くな、って言ってるんだ。」
ボッシュがぷいと顔をそらせて、手にしていた書類へと視線を戻した。
それで、リュウは、ボッシュのいる上段のはしごに手をかけて、いつもの調子で体を引き上げようとした。
「……。」
無言で眉をしかめるリュウを見下ろして、ボッシュが顔を向けた。
「ふん、痛むんだろ。」
つむじ風のような、目の前の元凶は、いつだって、自分の手にあまるんだ。
けど――。
リュウは、きっぱりと顔を上げて、だまって右手を差し出した。
ボッシュが、ゆっくりと、その手を掴み、リュウを引き上げた。
「お前、俺と、…くるかよ。」
「相棒なら、いっしょに敵のところに飛び込んで、闘って、そんなの当然だろ。」
「…ふん、そうだな…。」
「いま、認めたろ?」
「うるさい。調子に乗るな。
お前の腕なんて、まだまだ鍛えて、使い物になるかどうかのレベル、なんだからな。」
リュウがすねて、うなり声を上げた。
ボッシュが、唇の端を引き上げて、微笑んだ。
リュウの手が、ボッシュの腕をぐい、と抱き寄せて、
それでかかった慣れない痛みに、ひゃ、と小さく声を上げた。
ふざけたボッシュが、リュウの両脇に、手をついて、
痛みでにじんだ涙に、顔を近づけてくる。
リュウは、顔を上げて、その熱情を、ゆっくりと、受け止めた。
甘いにおいがする。
「ボッシュも、減棒か謹慎処分?」
「俺が処分のわけあるかよ。事故から、お前を助けたんだから。」
「えぇ、そういうことに、なってるの!?」
「当たり前だろ。”相棒”を助けなくて、どうする。」
そう、いつだって、俺の手にあまる。
だけど、わかってても、手を伸ばしてしまうんだ。
――だって、そういうもんじゃないか?
リュウは、ボッシュの頭に手を触れて、指をすべる髪を乱暴につかもうとした。
ボッシュが、リュウの後頭部に手を回して、結っていた髪をぱらりとほどいた。
分不相応な願いでも、かまわない。
俺に、手が届くかどうか、
勝負は、まだついていない。
リュウは、やっかいな相棒の手をシーツの上におしつけ、その上に自分の指を重ねて、強く握り締めた。
END.