宴の前に
「あしたは宴だー!」という船長のお達しに、異を唱えるものは一人もいなかった。宴は何であれ楽しいものだが、仲間の誕生日を祝える喜びは格別だ。
翌日に備えた仕込みのために、サンジは夕食の片づけが終わった後も、ずっとキッチンに篭もっていた。すべてを終えて時計を見れば、もうすぐ針が重なろうとしている。他の皆はとっくに寝静まっている時間だ。
できることなら、日付が変わるその瞬間、誰よりも先に自分がおめでとうと言ってやりたかった。ゾロがサンジに対してどんな感情を抱いているのか、「分かった」としか言われていないサンジには知る由もないが、少なくとも疎まれてはいないのだろう。
森を出るまで、二人の手は繋がれたままだった。もしかしたらと淡い期待すら抱いてしまって、サンジはぶんぶんと首を横に振った。
「いくらなんでも、そりゃ都合がよすぎるってもんだ……」
男が男に惚れるなど、と気色悪がられなかっただけましだ。そう自分に言い聞かせ、キッチンの灯りを消そうとしたとき、不意にその扉が開いた。
「ゾロ……!」
入ってきたのは、正にいま、サンジが会いたいと思っていたゾロだった。寝ていて目が覚めたのかと思ったが、ゾロは寝起きとは思えぬしっかりした足取りでサンジに向かってくる。
「どうしたんだよ、こんな夜中に……」
サンジは期待に波打つ胸を抑えられない。ゾロがサンジの正面に立つ。
「てめェが、」
おれの誕生日を真っ先に祝いてェんじゃないかと思ってよ。そう言いかけて、だがゾロは途中で言葉を切った。そう思ったのは事実だが、その言い方では誤解を招くと気づいたのだ。
男部屋でハンモックに揺られても、ゾロに眠気は訪れなかった。昼に食った握り飯の旨さや茶の温かさ、繋いだ手から伝わる熱。思い返せばこれまでも、サンジの優しさはゾロの身に余るほどだった。寝つけぬ夜を迎えてようやく、ゾロは己の中にある感情を知ったのだった。
「―――てめェに、おれの誕生日を真っ先に祝ってほしくてよ」
さきほど言いかけた言葉を、より正しく伝えようと言い直す。それこそがゾロの真実だった。それを教えてくれたのは、気づかせてくれたのは、他でもないサンジだ。
言ってから、今さらのようにゾロは恥ずかしくなった。だがまだ言わねばならないことがある、サンジに伝えなければならないことが、そうゾロが意を決したとき、
「ゾローッ!」
「ぐぇっ!」
勢いよくサンジに飛びかかられ、ぎゅうぎゅうときつく抱きしめられてゾロは呻いた。
「ゾロ……ゾロ」
頬を摺り寄せ、もう離さないとばかりにゾロを腕の中に閉じ込めて、サンジはそれしか言葉を知らないかのように、ゾロの名前ばかりを何度も繰り返す。サンジが名前を呼ぶたび、それは愛の告白と同じ響きを持つようにも思えて、ゾロはますます気恥ずかしくなった。
初めて告白されたのは今日の昼のことなのに、いつの間にこの男は、これほどまでに自分に惚れていたというのだろう。
「おれも、好きだ」
自分だって負けてはいない、と、ゾロは熱くなる顔を自覚しながら、サンジに想いを告げる。
「!」
驚いてサンジが離れる、その隙をついて、ゾロはサンジの唇を掠め取った。
「……もう日付変わったぜ、コック?」
自分が伝えるべきことは伝えた。サンジは頭から湯気が出そうなほどに真っ赤になって固まっている。そんな初心な様すらかわいく思える自分も、相当この男に参っているということなのだろう。
このままでは先に進めそうにないと焦れたゾロは、自分だって恥ずかしいのをぐっと堪えて、
「なァ、」
祝ってくれねェのかよ、と、この夜の幕を自ら開けた。
「……誰か結婚でもするの?」
翌日、テーブルの上にどーんとそびえ立っている、純白の大きな―――どこからどう見てもウェディングケーキと呼ぶべき代物を見たナミが、呆れたように呟いた。
「や、やだなあナミさん結婚なんて! おれとマリモはまだそんな」
「あァ、そんなようなもんだ」
「……! ………! てっ、てめェ……ッ!」
そんなあからさまなケーキを作っておいて、サンジは今さら乙女のように恥らっている。
昨夜さんざん自分を泣かせてくれた男とはまるで別人のように、全身を赤く染め上げてふるふると震えるかわいい男を眺めやりながら、最高の誕生日だとゾロは機嫌よく酒を呷った。