コールタール
「なんです?この文章」
私が書いた文章を読んだあと、アリスは困惑した顔でこちらをみた。私はにっこりと微笑んで見せた。
「さぁ、何やと思う?」
「何って・・・・これ、火村に見せたんですか?」
アリスの顔に浮かんでるのは当惑と不安だ。
「いんや。あんただけやよ」
私はにっこり笑って嘘をついた。
本当はアリスが店に来る前、火村氏と二人の時にこの文章は見せてある。
嘘だと知らないアリスは、私のことばにほっと息をついた。
私はそれに気付かないふりをする。
「アリスは、男の前に、小説家なんやね。」
ため息に私の洞察力の確信を得て私はご機嫌だ。
先ほどの文章は、私の想像で書いたものだが・・・どうやらかなりの部分で確信をついていたようだ。
「何いうてるんですか?そんなん、朝井さんもでしょう」
少し不機嫌に言うアリスに、私はジャックダニエルを煽って笑う。
「何、言うてんの。あたしは小説家の前に女やないの」
可愛い後輩は私のことばにちらりと視線をなげ苦笑した。
「なんや?なんか言いたげやね?」
「何いうてるんですか。そんなことないです。」
「ほんま?」
「ほんまです。・・・あっ火村」
追求の手をアリスは絶妙のタイミングで声をあげることによってさえぎった。
アリスの視線の先を辿ると、電話を入れに席をたっていた火村先生が戻ってくるところだった。
私はさりげなく原稿をバックへとしまったのだが、目ざとい彼はそれをちゃんと見ていたらしく、席についた彼はアリス越しにちらりと視線を寄越した。
私がそれにこたえてチラリと舌を見せると、間にはさまれ状況を把握していないアリスがキョロキョロと私と火村氏の顔を見比べる。
「なんなんです?」
不思議そうに聞くアリスに二人でくすくすと忍び笑いをもらす。
やがて、笑いを収めた火村氏がグラスを傾け、
「今夜は朝井さんのおごりですよね」
といって、口の端に少しだけ苦い笑いを浮かべた。
私は肩をすくめた。
「しゃあないね~。可愛い後輩と報われない先生のため、会計はもたせてもらいます」
火村の痛いとも苦いとも言えぬ顔と、私のにっこりと勝ち誇ったほほ笑みを、アリスは困惑した顔で見比べた。