Do you marry me?
「さぁフォレスト君、今日のあなたのお仕事はこれにサインをすることよ」
簡単でしょう?とでも言いたげに、皮のソファに腰かけたアレクサンドラは小首を傾げている。白い紙をかざしながらそれは晴れやかな笑みを浮かべてもいたが、キースの方はと言えば引きつった唇を返すので精一杯だった。
「どうやって俺の分のマリッジライセンス取った?」
「やだフォレスト君、忘れたの?魔法使いの存在を」
それこそ魔法のようにアレクサンドラの指の間にプラスチックのカードが現れる。すでにブラック持ちである。なんと可愛くない。無表情のまま額をピンと弾いてやる。「痛いわ」と小さく唇を尖らす仕草は、11歳の頃から変わっていないように見えた。なのでつい笑いそうになってしまって、キースは慌てて気を引き締めた。今日は、いいや今だけでもいい。とにかくこのガキに流されてはいけないのだ。コホン、と咳払いをし、改めて目の前の少女を見やる。もう女と言ってもいいのかもしれない、すらりと伸びた背を社長室の豪華なソファに埋めている。今は。
「お前はそろそろ笑えるジョークを身につけていい頃だぞ」
ため息混じりに言うと、過去がフラッシュバックのように瞼に蘇る。あの頃と何も変わらない口調でアレクサンドラが返事をするから、尚更だ。
「残念だけど、私は小さな獲物を狙うときも全力を尽くせって教えを受けてきているのよね」
知ってると思うけど。唇だけを済ました顔で、ニヤリと目が光る。その強さもまったく変わっていないように見える。見えてしまう。だから今日のお仕事は俺には無理だ。深い深いため息をもう一度だけついて、キースは改めて目の前の、彼の永遠の子供を睨みつけて言ってやる。
「犯罪だぞ!?」
「私たちの未来よ。些細なことにこだわる必要なんてないわ、ダーリン」
しかし流された。がっくりとうなだれたキースのうなじ辺りに、きっとアレクサンドラは視線を向けているのだろう。笑うでもなく、面白がるでもなく。ただ見つめるあの目で。ゆっくりと顔を上げてキースが見たものは、やはり思い描いていたのと同じ表情だった。それくらいにはこの子供の傍にいたのだ。忘れられないくらいに、心に時々触れながら。
「結婚って言うのは、大人同士がするもんだぞ」
言い聞かせるような口調に、アレクサンドラがきゅっと眉間にしわを寄せる。「言うと思った」と呟く声も、どこかに予想通りという響きを持っていた。こういう人だ、とかこういうやつだ、とかいう場所にお互いにずっといた。その間にアレクサンドラの髪は伸び、背も伸びて、胸は、あまり大きくなっていない。クスリと、思わず笑うと向こうもほのかに空気を揺らした。
「私、もう16よ」
「知ってるよ。この前祝ってやったろ」
向かい合って肩を竦めあう。「ガキの誕生パーティーは宅配ピザだ」というキースの強固な主張によって、豪奢なアーヴィング家のリビングにファーストフード臭を撒き散らしたことは記憶に新しい。門まで送る、と言い張るのでそこまでの道の庭でだけ二人きりになった。「もう私も大人だから、プレゼントは指輪でいいわ」と言っていた手に乗せたのは、安物のネックレスだ。ずっとポケットに入れていたので、少し暖かかったかもしれない。アレクサンドラは目の前にかざすと、真ん中について石をしげしげと眺めていた。黄色い。まあるい。
「これはレンタル?」
この日のアレクサンドラは、胸元がかなり開いたワンピースを着ていた。動くと光沢の出る生地で作られたそれは、彼女をいつもの三割り増しで大人びて見せていたが、このときはあまり効果がなかった。それこそ11歳だと言われても信じてしまいそうなほど、アレクサンドラの目が夢のように光った。キースは笑いながら空を見上げた。月のない、星の夜だった。
「お前のだよ」
隣から笑う気配がする。このまま、星が落ちてきても多分驚かないと、思うような夜にアレクサンドラが16歳になったのだ。知っている。覚えている。だからと言って納得できるわけではない。この子が、大人なんてこと。
簡単でしょう?とでも言いたげに、皮のソファに腰かけたアレクサンドラは小首を傾げている。白い紙をかざしながらそれは晴れやかな笑みを浮かべてもいたが、キースの方はと言えば引きつった唇を返すので精一杯だった。
「どうやって俺の分のマリッジライセンス取った?」
「やだフォレスト君、忘れたの?魔法使いの存在を」
それこそ魔法のようにアレクサンドラの指の間にプラスチックのカードが現れる。すでにブラック持ちである。なんと可愛くない。無表情のまま額をピンと弾いてやる。「痛いわ」と小さく唇を尖らす仕草は、11歳の頃から変わっていないように見えた。なのでつい笑いそうになってしまって、キースは慌てて気を引き締めた。今日は、いいや今だけでもいい。とにかくこのガキに流されてはいけないのだ。コホン、と咳払いをし、改めて目の前の少女を見やる。もう女と言ってもいいのかもしれない、すらりと伸びた背を社長室の豪華なソファに埋めている。今は。
「お前はそろそろ笑えるジョークを身につけていい頃だぞ」
ため息混じりに言うと、過去がフラッシュバックのように瞼に蘇る。あの頃と何も変わらない口調でアレクサンドラが返事をするから、尚更だ。
「残念だけど、私は小さな獲物を狙うときも全力を尽くせって教えを受けてきているのよね」
知ってると思うけど。唇だけを済ました顔で、ニヤリと目が光る。その強さもまったく変わっていないように見える。見えてしまう。だから今日のお仕事は俺には無理だ。深い深いため息をもう一度だけついて、キースは改めて目の前の、彼の永遠の子供を睨みつけて言ってやる。
「犯罪だぞ!?」
「私たちの未来よ。些細なことにこだわる必要なんてないわ、ダーリン」
しかし流された。がっくりとうなだれたキースのうなじ辺りに、きっとアレクサンドラは視線を向けているのだろう。笑うでもなく、面白がるでもなく。ただ見つめるあの目で。ゆっくりと顔を上げてキースが見たものは、やはり思い描いていたのと同じ表情だった。それくらいにはこの子供の傍にいたのだ。忘れられないくらいに、心に時々触れながら。
「結婚って言うのは、大人同士がするもんだぞ」
言い聞かせるような口調に、アレクサンドラがきゅっと眉間にしわを寄せる。「言うと思った」と呟く声も、どこかに予想通りという響きを持っていた。こういう人だ、とかこういうやつだ、とかいう場所にお互いにずっといた。その間にアレクサンドラの髪は伸び、背も伸びて、胸は、あまり大きくなっていない。クスリと、思わず笑うと向こうもほのかに空気を揺らした。
「私、もう16よ」
「知ってるよ。この前祝ってやったろ」
向かい合って肩を竦めあう。「ガキの誕生パーティーは宅配ピザだ」というキースの強固な主張によって、豪奢なアーヴィング家のリビングにファーストフード臭を撒き散らしたことは記憶に新しい。門まで送る、と言い張るのでそこまでの道の庭でだけ二人きりになった。「もう私も大人だから、プレゼントは指輪でいいわ」と言っていた手に乗せたのは、安物のネックレスだ。ずっとポケットに入れていたので、少し暖かかったかもしれない。アレクサンドラは目の前にかざすと、真ん中について石をしげしげと眺めていた。黄色い。まあるい。
「これはレンタル?」
この日のアレクサンドラは、胸元がかなり開いたワンピースを着ていた。動くと光沢の出る生地で作られたそれは、彼女をいつもの三割り増しで大人びて見せていたが、このときはあまり効果がなかった。それこそ11歳だと言われても信じてしまいそうなほど、アレクサンドラの目が夢のように光った。キースは笑いながら空を見上げた。月のない、星の夜だった。
「お前のだよ」
隣から笑う気配がする。このまま、星が落ちてきても多分驚かないと、思うような夜にアレクサンドラが16歳になったのだ。知っている。覚えている。だからと言って納得できるわけではない。この子が、大人なんてこと。
作品名:Do you marry me? 作家名:フミ