Do you marry me?
目の前のブロンドが、ふてくされたように頬杖をついている。自分が言うのもなんだが、童顔だと思う。だからいつまでも子供と大人のままでいられるんじゃないかと、そんなことを考えてしまっていたのだ。いつまでも一緒に、と思ったことは実はない。そんなことは叶わないと、願うまでもなく知っていた。
「ちゃんと外を見ろよ、アレク」
そっと告げると噛み締めるように目を瞑られた。そうして見ると、横顔は母親に似ているのかもしれない。なのにモテないっていうのもなかなか不憫だな、とキースは冷静に判断する。まぁ、中身の問題なのだから、アレクサンドラ次第だろうが。益体もないことをつらつらと考えてしまうくらいには、混乱していたのかもしれない。元凶はキースの内心など知りもしないで目の前でポツリと呟く。
「フォレスト君は、私が他の人と結婚してもいいのね」
子供じみた響きに、どこか苦しさが混じっている。それはまるで成長の証のようで、それとも過ごしてきた年月の重みのようでキースは圧倒されてしまう。だからつい、本音を漏らしてしまった。
「どっちかっていうと、俺とお前が変わるのが怖いよ」
沈黙が社長室に満ちた。いまだに社長令嬢の彼女はパッチリと開いた目をこちらに向けた。代わりのように、今度はキースが顔を背ける。どっちが子供だ、とキースは自分に呆れてしまう。しかし、そういうことなのだ、とも思う。いつまでも一緒にいれると思ったことはない。けれど離れたら、そのときはどうするんだろうと、考えたこともなかった。考えたくなかったのかどうかは、分からないけれど。癪に障るが、それくらいにはこの子が大切だった。
ふてくされた子供そのままにそっぽを向いていたキースだったが、不意に目の前の空気が変わったことに気づいて顔を上げた。目の合ったアレクサンドラは、ほんの少しだけ淋しそうに顔を翳らせた。思ったよりも、この子供は内心を知っていたのかもしれない。同じ思いを、抱いていたのかもしれない。しかし思い切りの良さという違いが二人の間には深く険しい川として横たわっていたのだ。アレクサンドラが口を開く。夕暮れ時のチャイムのような声だった。
「でも、私、今更フォレスト君が私以外の人のものになるなんて、耐えられない」
いやそもそも俺はものじゃないぞ、とか大体いつお前のものになったんだ、とか色々と言いたいことがあったのだが、にっこりと浮かべられたアレクサンドラの笑みに飲み込まされてしまう。ビジネスの荒波、恐るべし、と気づいたときには遅かった。
「大丈夫、安心して」
これほど信用ならない言葉があるだろうかと途方にくれてしまう。なのになぜ、引き込まれるように言葉を聞いてしまっているのだろう。アレクサンドラの唇は、まるでさくらんぼのように、赤い。見つめてしまう。
「私、フォレスト君に初めて会ったときから赤頭巾だったんだから。フォレスト君を手玉に取るくらい、簡単よ。そんなことすぐに気にならなくなるくらいメロメロにしてあげる。おばあさんにだってなれるし、あなたの素敵な奥さんにだって余裕でなれるわ」
さ、と進められた紙に、あぁまだあったのねと遠い目になる。俺はいつ狼になってしまったのかとキースは過去に思いを馳せるが、もしかするともう遅いのだろうか。目の前に迫る逃げられそうにない爆弾から、目を逸らしてとりあえずキースは世界に忠告した。
世の中の狼に告ぐ!
女の子には気をつけろ!
作品名:Do you marry me? 作家名:フミ