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ゆめみたひと

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少し遠くの方からカリヨンの音が聴こえる。ガラス細工の鍵盤を鳴らすようなその鐘の音を聴きながら、これなんていう曲やったかなぁとさっきからずっと考えているのに、どうしても思い出せない。すごく有名な曲のはずやのに、ど忘れしてしもた。
「年とるんって、いややわぁ」
「はぁ? なに言うてんねん」
 広場に面したオープンカフェのテラス席、目の前でパンにかぶりついていたスペインがきょとんとした顔をした。
「いやな、この年になったら、よう思い出せんことが増えてきて」
「ああ、そやな。昔のことなんかすぐ忘れてしもて……て、なんでやねん。ベルギーが年なら、俺はいったい何になるんや」
「おじいちゃん、パン屑こぼれてはるよ」
「おう、おおきに。……いや、ちゃうから。おじいちゃんちゃうから。昔はかわいかったのに、いつのまにこんな生意気な口聞く子に育ってしもたんやろ」
 そう言って、スペインは、よよ、とおおげさに泣き崩れた。これが演技でも振りでもない素の反応なのだから困る。
「はいはい、ごめんなさい、冗談やで。ほら、ムール貝でも食べる?」
 とりなすようにそう言うと、途端にころりと笑顔になる。いつもそうだ。おいしいものを目の前にして、笑わないこの人を見たことがない。ゲンキンやなぁと思いながら、わたしはキャセロールを取り分けた。
「ええ天気でよかったなぁ」
 広場をかけていった子どもたちを眺めながら、スペインが呟いた。休日のせいか、家族連れの姿が目立つ。こういう日には、これがうちの国でよかったなぁと思う。
「な、天気もええし、後で買い物行こうで。せっかくアントワープに来てるんやもん」
「ええよ。その後でうまいビールおごってくれるんなら」
「わかったわ。ほな、買い物終わったらめっちゃおいしいビール飲ませたる。特別に、うちの料理の腕も奮ったるわ。その代わり、スカート買うてな」
 わたしはさっきここに来る途中にある店のショーウィンドーで見かけたスカートを思い出しながら言った。こんないい天気の日に着たら楽しいやろうな、と思うような、白くてふわふわのかわいいやつ。
「ベルに似合うやつならなんでも買うたるわ。……って言いたいところやけど、残念ながら無理やなぁ。金ないもん」
 けろりとそう言って、スペインは肩をすくめた。
「よう言うわ。たまの休みにそんだけめかしこんでこんなとこまで来てるくせに」
「男前やろ?」
 そう言ってスペインは、すまし顔でジャケットの襟をぴっと引っ張って見せる。最近はいつ見てもよくわからない適当なTシャツばかり着ていたから、こんなちゃんとした格好をしているのを見るのはそういえば結構久しぶりかもしれない。
「そやなぁ、男前やわ。そうやってちゃんとした格好してたら」
「やろ? やろ?」
 子どものように喜ぶスペインの声が、わっという歓声にかき消された。広場の反対側にある市庁舎の扉が開いて、中から白いドレスを着た花嫁とタキシード姿の花婿が現れる。
「あの人たち、ええ天気でよかったなぁ」
 わたしがそう言うと、スペインは広場の向こう側の騒ぎを眺めながら「そやな」と軽く返した。なんとなく会話が途切れてしまったので、わたしも一緒に広場の向こう側を眺める。友人たちに囲まれてもみくちゃにされながら、花婿は間の抜けた顔で幸せそうに笑っていた。
 やがて観光用のレトロな馬車が現れて、結婚式の集団はその前で記念写真を撮り始めた。たぶん、この後はあれに乗ってパーティの会場にでも行くのだろう。車じゃなくて馬車をチョイスするあたり、いかにも外国人ぽいなぁと思う。
「国際結婚やと」
 突然スペインがそう言ったので、わたしは一瞬自分の考えたことが読まれているのかと思った。ちらっと振り返ると、スペインはこちらの視線に気づいた様子もなく、まだ広場の向こう側をぼんやりと眺めていた。
「ベルギー人とスペイン人の。アントワープで出会ったから、ここで結婚式するんやって言うてたわ」
 ぼそぼそとスペインはそう言った。わたしは、よう知ってるんやね、と言いかけてやめ、代わりに別の言葉を選ぶ。
「仲良うて、よかったな」
「え?」
「うちんとこと、スペインとこが。仲良うてよかったと思って。だって、そういうことやろ?」
 スペインは一瞬言われた言葉の意味を考えるようなそぶりをしてから、そうやな、と言って笑った。
 いつのまにか、記念撮影が一通り終わっていたらしい。広場の向こう側で、白くてふわふわのドレスを着た花嫁をのせた馬車が出発しようとしていた。
「声かけてこんでええの? そのためにわざわざ来たんとちゃうの」
 何も言わずにそれを眺めているスペインにそう言うと、スペインは「んー?」と首をかしげて「べつにええよ」と答えた。
「どないしてるんかなー、って気になったから来ただけやし。様子見に来ただけやから、これで充分」
 そう言って、スペインはテーブルの上のグラスの水を飲みほした。そんなめかしこんだ格好でアントワープくんだりまで来ときながらよう言うわ、とわたしは思ったのだけれど、なんとなく何も言えなくて黙っていた。


作品名:ゆめみたひと 作家名:おでん