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ゆめみたひと

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 馬車が去った広場は、あいかわらず家族連れやカップルでにぎわっていたけれど、なんとなくさっきまでよりも静かになった気がした。そろそろ行こか、と言って、スペインが立ち上がる。ジャケットの裾のところに小さな糸くずがついているのが見えた。慣れん服着るからや、と思って、わたしは手を伸ばしてそれを取ろうとしたのだけれど、スペインが気づかずにそのまま店の入り口に向かって行ってしまったので、指摘するタイミングを失ってしまった。
 店の外に出て、太陽の光の下でよく見ると、糸くずは消えていた。いつのまに落ちたんだろう。そんなどうでもいいことを考えながら、わたしはナショナル通りのほうに向かってせまい路地を歩く。スペインは斜め前を歩きながら、せっかくここまで来たんやから、と、帰る前に飲みたいビールの銘柄の話をしている。
「お酒の話ばっかりやな」
「ん? やって、うまいやんけ。ベルギーのビール」
「おおきに」
 ほめられるのは悪い気はしなかったので、素直に礼を言っておく。そうしてふと思い出して、わたしは言った。
「そういえば、知ってた? うち、昔は兄ちゃんらがお酒飲むん、嫌いやったん」
「へぇ、そうなん? けど、今は酒豪やんけ。ああ、けど、そういや昔は酒飲みだすと静かになって部屋に引きこもりよったな」
目を細めながらスペインは思い出すようにそう言った。案外とこの人は、そういう細かいところをよく見ている。
「そうそう。兄ちゃんら、酒飲むと声が大きくなるやん。うち、昔あれが苦手やってん。別の人みたいやったし」
「あはは、そりゃ悪いことしたな。ごめんなあ」
「別にええよ」
 話しているうちになんだか懐かしくなってきた。さっき見た結婚式のことを思い出しながら、わたしは昔話をもう少し続ける。
「小さいころは、花嫁さんの衣装にもあこがれとったなぁ。結局、そんな服着る機会もなかったけど」
「ああ、それはよう覚えとる。あれは結婚する人だけ着れるんやでって言われて、大泣きしとったな」
「そうやっけ?」
 あまりよく覚えていないけれど、この人が言うからにはそんなこともあったのだろう。
「馬車は嫌いやったわ。なんや、ガタガタする割に遅いから」
「知ってる。馬車より馬のが好きなんやろ。あと、お前が好きやったんはあれや、船」
「よう覚えてるなぁ」
 そう言うと、スペインは「そりゃ、俺はお前らの昔のことならなんでも知ってるで」と得意げに言った。
「ほな、これは知ってる?」
 少し挑発的にそう言うと、少し先を歩くスペインは、振り返らずに「なんやぁ」と間延びした声で返した。
「うち、昔スペインのこと、好きやったん」
 少しの沈黙のあとに、スペインは振り返って、笑いながら「知ってる」と言った。その笑顔を見て、やっぱり敵わんなぁ、とわたしは思った。
 ううんと伸びをして、わたしは夕方の少しつめたい空気を胸一杯に吸いこむ。どこかで淡い花の香りがする。
「はよ行こか。もうええわ、買い物。それよりおいしいビール飲みに行こ」
「あれ、ええの?」
「うん、ええの」
 そう言って、わたしはスペインを追い越すと先に立って歩き始めた。石畳の路地が、夕焼けでオレンジに染まっていて、少し大股で歩くわたしは、昼間ショーウィンドーで見た白いスカートよりもずっとかわいいキュロットスカートをはいていた。
 夕焼けの空に、またカリヨンの音がかすかに響いた。
「あ、思い出した」
「え、なに?」
「ううん。なんでもあらへん」
 聞き返したスペインに首を振って、ビロードの向こう側で鳴るようなカリヨンの音を聴きながらわたしは歩く。そうや、この曲、トロイメライっていうんやったわ。


作品名:ゆめみたひと 作家名:おでん