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 はにかんだ健二の胸にはどんな思いがあるのだろう。理一は少しの間を置いて、ふっと穏和な笑みを浮かべた。
「君だって、もう、『みなさん』の一員だろ?」
 え、と顔を上げた少年にウィンクひとつ。将来の予定に自衛隊勤務も入れておいてくれ、と冗談とも本気ともつかない調子で言ってくれる大人は、家族の顔でそう言ってくれた。
「――はい」
 それに答える健二の顔は、やっと家に帰って泣きそうな迷子に似ていた。
「しかし、実際、健二くん。進路はもう決まってるのかな?」
 障害である二人が寝てしまったことで、理一は朝の質問を再び口にした。
 ――遠まわしに勧誘されたことのある身としては、健二も曖昧に濁したいが濁せない、というところである。別に答えを迫られているわけではないのはわかっているのだけれど。
「…僕は、…おばあちゃんに、励まされて。できるって、思って。自信はまだないけど、でも、頑張れば、ひとりじゃなければ、どんなことにも向かっていけるのかなって思ったんです」
 一端息をついで、健二は膝の上手を固める。
「僕は、理一さんがそんな、気にしてくれるような、そんなのじゃないんです。僕は励ましてもらったからがんばれたんです。最後まで、負けたくないって思ったんです」
「そうかなあ、十分、気になる逸材なんだけど」
 健二は苦笑して首を振った。案外それは、確固とした意思を感じさせる表情だった。
「僕、この前と昨日と、ちっちゃい子たちに算数教えたんです」
「…?」
 というと三兄弟のところの子供達か、と見当をつけながら、話の行く先を理一は前を見ながら待つ。
「勿論、あんな、何百桁の暗号とか、そんなのじゃありません。林檎を何個とミカンを何個買いました、いくらでしょうとか、そういう計算問題です。でも、その解き方を教えてあげて、解けたとき、自分が暗号を解いたのよりずっと嬉しかったんです」
 健二が顔を上げる。ミラー越し、理一と視線が絡んだ。先に笑ったのは、健二である。
「暗号や数式を解くのが、ひとりでその世界に飛び込むのが、僕は好きだったんだと思います。数学の世界はとても自由で…ただ数があって公式があって、そこにだけ通用する数のルールがあって、だからいやな思いをする事だってそんななくて、そういうところが好きだったっていうのは、あったんじゃないかって」
 たくさんの値、奇跡のようなループ、理論、数、数、数。
 数学はその名のイメージよりもよほど芸術的な素養をもつ学問だ。古代において哲学と肩を並べていたことからもわかる。数を知ることは世界を知ること、しかも、五感以外の方法を使ってそれをなすことなのだ。
「でも、僕はそれは、本当には楽しんでなかったのかなって。確かに達成感はあるんです。でも、達成感って、ひとつじゃなかったんだなってわかって。すいません、うまくいえなくて…」
 軽く頭を下げた健二に、いいさ、と理一は軽く笑う。
「なるほど、教育者は健二くんに合ってるかもしれない。もしかしたら研究者になるのかなとも思ってたんだけどね」
「研究者なんて、とんでもない。それに、そういうのはやっぱり、おばあちゃんみたいなのとは、違うと思うから」
 健二は胸の前で手を振った。そうかなあ、と理一が言うのは、そうはいってもまだ勧誘は完全に終了したわけではないということか。
 勧誘というのが純粋なものなのか、それともあそこまでOZの中枢に(行きがかり上仕方なく)関わった健二を自由にさせるわけにいかないのか(救ったと言うことは同時に壊せるということでもある)、そのあたりは健二にもよくわからない。理一がどの部分を重視しているのか、もしくは、全てが理一の意思なのかどうかもわからない。
 そして理一は、健二の予想の斜め上の発言をした。
「まあ、そういう職業的なこともそうなんだがね」
「…はい?」
「例えばなんだけど、うちは姉弟どっちも独身だしさ。例えばだよ? 夏希をもらって、そのままうちの、本家の養子になって跡取りになるとかね」
「…はっ?」
 あまりにも想定外すぎて、健二は目を丸くした。それは考えていなかった。
「いや、そういう将来もありうるでしょう」
「…………、いや、いやいやいやいや、そ、それは、あの、だって、あの…はい?」
 しどろもどろになる健二に、「健二くんて面白いねえ」と理一は笑うだけだ。
 そろそろ陣内本家が見えてくるというあたりで、彼はどこまで本心かわからない顔でもう一度ウィンク。
「まあそういったことも、考えておいてください。健二くん?」
 頭の中が色々と大変なことになってきた健二は、顔を青くしたり赤くしたりしながら、「ええと、はい」と蚊の鳴くような声で答えるのが精一杯だった。
作品名:jumper 作家名:スサ