jumper
驚く夏希に否定する佳主馬を見ながら、はい、と健二は頷いた。かわいらしいうさぎはあの凛々しいうさぎとは似ていないけれども、そんな話を聞かされたら買わずにいられない。
寄り道を終えて、三人は再び歩き始めた。
「始まって以来の、難所、ですね…!」
短い呼吸で坂を上る健二の真剣な一言に、運動神経というものに恵まれたふたりは「そう?」と首を捻るのみだ。
しかしさして長いわけでもない坂を上り終えれば、もうアップダウンはさほどでもない。
再び歩き出せば、由緒正しい壁に続いて堀と門が出現した。驚いたのは、それが高校の門だったことである。
「これ、上田高校」
「あ、えっと、あの?」
あの夏、家族とは別の場所で戦っていた少年の日に焼けた顔を健二は思い出した。
「立派な門ですね…」
「うん、なんか、…お城の一部? ちがった、お屋敷の一部? なんだって。詳しく知らないけど」
「へえ…」
敷地内からは掛け声や応援の声が聞こえてくるから、授業はなくても運動部が活動しているのだろう。
なんとなく、同年代の少年少女が中にいるんだなあ、と思いながら健二はうさぎの入ったビニール袋を揺らしながら歩を進める。
城址公園の中を通って、まだ咲いている朝顔に驚いたり、ちらほらと見える紅葉を指差したりしながら、三人は進んだ。上ったのを再び下れば、スタート地点でありゴール地点でもある駐車場は近い。
「…? 佳主馬くんもああいうのするの?」
不意に佳主馬が考えるような顔で顔を向けたので、隣を歩いていた健二はそちらを見た。すると、そこにいたのはスケボー少年だ。健二はそういったことはからっきしだったが、佳主馬は運動神経自体がいい。体を動かすことは全般的に得意なんだろうなと思いながら問いかければ、彼は短く答えた。
「あんなに下手じゃない」
「はは…」
らしいといえばらしい発言に、健二は苦笑するしかない。健二から見たら、彼らは下手でもなんでもないのだが。そして、彼は、「すごい自信じゃないの」とからかおうとした夏希をも唖然とさせるようなことを口にする。
「でも、どうしてスケボーって前に進むんだだろ」
「………は?」
佳主馬は軽く目を見開いて絶句した。夏希もまた、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。しかし健二は気づかない。むしろいっそう思案げに、顎を押さえてこう続けてくださるのだ。
「運動っていうのは、力をかけ続けないと持続しませんよね。でも、スケボーにはエンジンがついてるわけじゃないし、自転車みたいにペダルもないし…」
この場合の運動とはスポーツではなく、物理的な現象としての運動のことを言っていることが予想できた。
「…健二くん、なにいってるの?」
さすがに口元を軽く引きつらせた夏希に、健二は首を傾げた。
「すいません、昔から不思議で…」
佳主馬は長い方の前髪をかきあげるようにして額を押さえ、溜息をついた。
「ちょっと、待ってて」
「え?」
返事も待たず、佳主馬はスケボー中の少年ふたりに近づいていく。と、何事か話していたかと思ったら、スケボーを受け取ってジャンプ台まで歩いていくではないか。
「健二さん!」
そこまで行くと、彼は健二を呼んだ。顔を見合わせた後、夏希と健二はそこまで歩いていく。
「見てて」
近づいたら、佳主馬がスケボーを地面に置き、片足を乗せた。あ、と小さな声は健二の口から。
佳主馬は片足で地面を蹴った。それをきっかけにして、スケボーは軽快に走り出す。ジャンプして方向転換する佳主馬は様になっていて、運動なら全般的に出来るのだろうなという健二の予想が当たっていたことを教える。
「わっ…」
見る間にスピードは上がり、ジャンプの位置は高くなる。驚いてしまって健二は真剣に見入ってしまった。しかし、滑っている佳主馬の表情には大きな変化はない。
「わあっ」
つい大きな声が出てしまったのは、高いジャンプに回転が続いたからだ。すごいというより半ば恐くて、健二は手をぎゅっと握り締めた。
その声が、驚いた表情が届いたわけでもないだろうが、着地したあとは、佳主馬は減速させ、間もなくスケボーを止めると何事もなかったかのように持ち主に返して、健二の前まで歩いてきた。
「わかった?」
少し首を傾げるようにして短く問うのは、つまり、スケボーが動く原理がわかったかどうかという意味だと思うのだが、それを伝えるためだけにしては派手だった。
「うん、すごく」
こくこくと頷けば、佳主馬はやや満足げな、不敵な笑みを浮かべた。
「じゃ、いこっか」
そしてやはり何事もなかったかのように歩き出したが、夏希は見逃さなかった。佳主馬の足取りが、気持ち軽くなっているということを。恐らくかっこいいところを見せられて上機嫌なのだろう。なんなのよ、とひそかに頬を膨らませる夏希を、わかっていない健二が振り向いて、「佳主馬くんてすごいんですねえ」と暢気な調子で言ってきた。「そうね」の声が尖ってしまっても、それは夏希が悪いわけではない。…多分。
結局拾うほどのごみは落ちておらず、自分達が飲んだペットボトルくらいしか入っていないゴミ袋を恐縮して持っていけば、それでもマイ箸かエコバックと交換してくれるという。箸にしてうちにおいときなよ、という夏希の主張に従って、健二は箸と交換した。
「結構楽しかったねー!」
色々会ったが最後には楽しさだけが残って、夏希は伸びをしながら笑った。そうですね、とやはり健二も楽しそうに頷き、そうだね、と一応は佳主馬も口にする。
「こんなに歩くの、久しぶりって言うか、初めてっていうか…、でも、楽しかったです」
うすらとにじんだ汗を拭きながらの健二の台詞に、「来年も一緒に来ようね」と夏希が言うのと、「来年はずっと手引いてあげる」と佳主馬が言うのは殆ど同時で、この後は譲らないふたりと宥める健二のコントのようなやりとりが理一が迎えに来るまで続くのだった。
たうさぎの饅頭は、見た目よりもっちりしていた。確かに餅の饅頭というか、むしろいっそ餅。白いうさぎにはクリームが、茶色いうさぎにはチョコクリームが入っているという。
袋から取り出してみていたら、やっぱりあのかっこいい無敵のチャンピオンとは似ても似つかなくて、健二は笑う。
「佳主馬餅だね」
帰りもなぜか助手席に乗せられた健二は、みやげをちらりと見た隣の理一に言われ、小さく笑った。ちなみに今度も彼が助手席に乗ったのは、再度の誘惑によるものではなく、夏希も健二も後部座席で眠ってしまったからだ。歩いた後に食事を取ったのが利いたようだ。そんなわけで、うさぎ餅は結局おやつに食べないまま車に乗ってしまった。これならもう少し多く買えばよかったなと思っても遅いが、まあ仕方あるまい。
「やっぱり、そうなんですか?」
声を潜めて問えば、どうだろうね、と理一は笑うだけだ。
「でも、そうだったら可愛いとは思わないか?」
確かに、と健二は口元を押さえた。あのクールな佳主馬がこんな可愛いうさぎの餅からあのアバターを決めていたら可愛いではないか。実際は違うのだろうとは思いながらも、健二は頷いてしまう。
「…みなさんは本当に、…あたたかいですね」