薮蘭の優しさ
「すまないな。150年前にこんな様な事が起こったんだ。
あの時、敵国の誇る巨大紋章砲を破壊する事で戦争は終結した。
いや、終結したかに見えて実は終わってなかったんだ。
戦争が終わって間もなく、紋章砲の本当の恐ろしさが露見した。
その被害を止める為に紋章砲の存在を無くそうとして、再び戦争になってしまった。
その時、俺たちの友が1人、紋章砲の犠牲になったんだ。
リクリはきっと、その時の再戦を今回の策と重ねているんだ。
紋章がもたらす犠牲は、時に言葉に出来ないくらいに残酷だから」
「……」
テッドの言葉を聞いて、リトーヤもリオンも言葉がすぐに見つからなかった。
思い出していたのだ。
あの乾ききってしまったロードレイクの惨状を。
あの時のような惨劇が、また起こってしまうのだろうか…。
「だけど、希望もある」
リクリが、言葉とともに顔を上げた。
その表情は懸命に願う幼子の様に見えた。
「君は黎明に選ばれた、太陽の導き手だ。
その導き手が迷いを抱かなければ、紋章も祖国も大切な人も、いつかきっと元の場所に帰って来るだろう。
だから、どうか迷わないで」
切実な願いの込もったリクリの言葉を聞いて、リトーヤはルクレティアの言葉を思い出していた。
――王子。妹さんに剣を向ける形になっても戦い続けられますか?――
この問いに、リトーヤは答える事が出来なかったが、ルクレティアはそれで良いのだと言った。
――でも、迷わないで下さい。あなたが迷うと、死ななくてもいい仲間が死にます――
だが、決して己の中に迷いを宿すなとも言った。
ルクレティアはそれを酷い言葉だと言ったが、リトーヤはそうは思わなかった。
そして、今ならその言葉がよく分かる。
「リクリ、安心して。僕は絶対に迷ったりしない。
これから何が起こっても、信じたものを最後まで信じるよ。
祖国を、多くの命を、そして大切な人たちを守る為に」
そう決心したリトーヤの瞳は、曇りの無い真っ直ぐなものだった。
そんな瞳を見ているうちに、リクリとテッドの心から不安と悲しみが消えていった。
この盟主なら、この王子なら、ファレナは正しく導かれる。そう思った。
そして願った。この国に1日も早く平穏が訪れる事を。