傍迷惑なひたむき
07
「とにかく、離してください。身動きがとれません」
もぞりと体を動かして未だ僕の腰を抱いている静雄さんに頼むと、やりきれない表情をした駄目な大人が仕方なさそうに腕の拘束を解いた。再度ベッドから起き出して、隙があれば伸ばしてきそうな腕の射程距離から逃れる。あ、と呟きが聞こえたが無視。
「ご迷惑をおかけしましてすみませんでした。外は別に危険なんかではないですよ。その、映画か何かであるようなハプニングでもあるわけでもないですし。それに家に帰らないと」
「…ああ、その家に帰らなくても…此処に住めばいいじゃねぇか」
何をおっしゃるうさぎさん。
体を起こして言い訳を考える風に目を泳がせながら、静雄さんは何とか僕を帰らせまいとトンデモ発言をかましてくれた。
「いや、僕は別に家が無いとかそういう事態には陥ってはいませんから…」
「それでも、お前危なっかしいじゃねえか」
「普通ですよ」
「…くそ腹が立つが、帝人、お前はあのノミ蟲野郎に気に入られてっだろ。アイツが早々お前を諦めるとは思わねぇし、…・ああクソ…」
言い訳に臨也さんを使うほど僕を帰したくないのだろうか。静雄さんは言っている内に米神が若干青筋立ってきている。それでも僕を見つめて、静雄さんはもごもごと言いにくそうに言葉を濁らせた。
その必死さが見ていて微笑ましい気分になってしまいそうだ。
「…」
いい加減、はっきりしてほしい。
「静雄さんは、その。僕にどうしてほしいんですか?」
「え」
は、と静雄さんが息を呑む。
ぴたりと手を止めて瞬きをやめて、肩を落とした。
「…俺、は」
やがて何かを覚悟したように、拳を握りしめてこちらに近づいてくる。気迫が漂っていて何事かと構えてもみるが、静雄さんは真剣な目をして自分の肩を掴むだけだった。力が精一杯手加減された握り方。不器用な力の扱い方はそのまま、この人の性格に似ている。
手加減されているのに力は強く、痛かった。恐らく緊張で加減がままならないのだろう。
「俺は」
顔が真っ赤な静雄さんは、一回首を振って息を吸った。
「帝人が好きなんだ」
唇を噛み締めて、一言。
簡単な言葉で思うより複雑な感情が入り交じって構成される感情を吐露される。
「だから傍にいてほしい。だからいつも安全で、笑って、そのままでいてほしい」
かつて無いほどに真剣な純粋の言葉と感情。
自分の気持ちを疑うことなく真っ直ぐに伝わってくる。
確信だったそれは間違いではなかった。
部屋を僕と静雄さんを、緩やかに静寂が満たしていく。
ばくり、と脈打つ心臓がいやに熱くてしょうがない。分かっていたはずなのに、思っていたより昂ぶった自分がどうしたんだ。
考えてみれば、守ってくれると言った時悪い気はしなかった。男の自尊心はあったけれど、それより非日常の看板に特別視されることは上回って気持ちが良かった。些細なことから大げさなことまで考えて護衛してくれる自動喧嘩人形。最初はただ迷惑なだけで、正直ドン引きをしていた。男同士という観念もあってかやめてほしいとさえ思っていた。
今でもそうな筈なのに、真剣な声で意識が落ちる前初めて帝人と呼ばれた声に体がぞくりとしてしまったのは。
唾を飲み込む。
好意を抱いているのは本当だった。
それは友情という範囲を出ない程度で。
けれど改めて友愛を越えた感情をぶつけられると意識してしまう。
「…ええ、と」
熱が籠もった目に焼かれそうだ。
返答を待っている目の前の人はひたすらに好きだという感情を全身から僕に向けて出している気がしてならない。そう考える自分にちょっと引いたのだけれど、それほど嫌だと嫌悪を考えていない自分に驚いた。
僕は結局の話どうしてほしいのだろう。
静雄さんは僕に傍にいて欲しいと願った。なんて些細な願いだ。
守ってくれる中でも不器用で、滅茶苦茶な行動ばかり。
でも根底にあるのは僕のことだけだと静雄さんは言う。
ああもう、どうして絆されないでいられようか。
胸は急激に熱くはならない。
けれど、ほんのり暖かくなっていく。
急激な温度上昇より厄介だ。
少しずつ暖まったそれはきっと冷めてしまうのにも時間がかかってしまうのだろうから。
なんだ、考えて整理してみれば簡単なこと。
「静雄さんは」
「…ああ」
「僕が傍にいるだけで、いいんですか」
守るだけでいいのだろうか。
認めたくない感情を、本当はずっと指摘してほしかったのかもしれなかった。
頑固な自分を思いっきり壊して欲しかったのかもしれなかった。
どうして、どうやって。
その感情を持ったのかは本当に不思議でたまらないし、恐らく僕は静雄さんほどの感情はまだ持てない。だけれど、静雄さんの傍にいて笑うくらいなら、楽しいかもしれない。
「…そうだな、抱き締めたりキスをしたり色々したい」
顔を片手で覆って、恥ずかしそうにしながらもきちんと答えてくれるこの誠実な人が僕を好きになったのは間違っていると思った。でもそう考えていても現実は変えられないし、今更止めようもないだろう。
「…僕は、静雄さんほどの好きをまだ持てません」
「ああ」
「けれど、少しだけ。ほんの少しだけ静雄さんを好きだっていう気持ちは、その、あります」
その言葉に絶句した静雄さんが口を開けて僕を見る。
きっと真っ赤なのは二人ともなんだろうな。
やがて何分、何秒か過ぎた頃に。
静雄さんが肩を掴む手を外して、そっと僕を抱き締めた。弱く、震えていた。
「…それでいい。…それでいいから、言ってくれないか」
「はい?」
サングラスをしないで、こちらを見る静雄さんが少しだけ笑う。
敵わないなあ。
「帝人、俺はお前が好きだ」
受け入れてしまったひたむきな感情は、どうやらうつるらしい。
傍迷惑なそれはさんざん僕と静雄さんを振り回して、きっとこれからも暴れて静まって大きくなっていくに違いない。
「…はい、僕も静雄さんが好きですよ」
だけど、まあそれもいいかなんて。
苦笑いと一緒に落ち着いてしまったから僕も答えを出す。
後悔はまだ先でいい。
まずは、無茶な行動をしないよう。一歩を踏み出してみるよう。
手を繋いで、始めることにしよう。