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この身を攫え

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今日も今日とて妹子はそこらじゅうを駆けずりまわり、最終的にはだだっ広い草原で、尊い御方の首根っこを引っ捕まえてにこりと笑った。
「太子、こんな時間にここにいるってことは、今まで散々溜めてたアレとかコレとかソレとかぜぇんぶ片づけてあるんですよね?」
 笑顔の裏に般若が見える、そんな顔をした童顔の配下を見上げて。
 太子は、全く関係のないことを言った。
「ねえ妹子、私のものになってよ」
「厭です。ほら帰りますよ」
 ちぇ、と唇を窄ませて、太子は再びぱたりと草原に全身を投げ出してしまった。
 こら寝るな馬鹿!と叫び、がくがくと遠慮なく相手を揺する妹子の心臓はいやな速度で脈打っている。

 気付かぬふりでかわすのも、そろそろ限界に近いだろうか。

 
 あの奇天烈な男に、傍にいてやってもいい、と宣言してしまってから、何かが劇的に変わったかと言えば実はそうでもなかった。相変わらず太子は反省するでもなく頻繁に遊びまわってしまうし、妹子はそのたびにそれを連れ戻して鉄拳制裁と説教を繰り返している。
 だがひとつだけあからさまな違いがあった。あれ以降、太子は何の脈絡もなく唐突に、妹子を見つめて言うのだ。
 私のものになって。
 初めて言われた時には意味が捉えきれずに、とりあえず反射で拒否をした。すると太子は特にこだわる様子もなくそっか、と流して他の話を始めた。それにほっとした瞬間、妹子はそれまでの一瞬で自分がどれほど緊張していたかを悟った。
 だがそれで安心して済むものではなく、それから折に触れて太子はそのひと言を繰り返すようになったのだ。妹子が何も返さなくとも堪えた様子はなく、ただ忘れたころに繰り返す。
 妹子の心臓は、何度それに遭遇しても慣れない。表情だけが平静を装うのがうまくなった。そして何かを決定的にすることを避けて、妹子はその理由を問わないままずるずると日々を過ごしてきた。


 だがその日々の中で、最近さらなる変化が垣間見えるようになった。それが妹子が限界を薄々感じ始めた理由である。
 太子のどうしようもない悪戯の内容が、ふっと険を織り交ぜるようになったのだ。例えば今までなら穴を掘るだけで満足していた落とし穴に、竹槍を常設したうえで故意に妹子を落そうとする。ブランコの紐をゆるめた上で乗せようとする。特に気性が荒い日の黒駒を、わざわざ妹子に連れてこさせようとする。大切な貴人を客として迎える時に限って、姿をくらます。これまでならそれでも見つけやすい場所で大人しく控えていたものだが、最近は相当凝った場所に隠れていて妹子をひやりとさせることが多い。それでも妹子の身体能力があれば太子の仕掛ける罠など問題なく対処できたし、後者に関してはさすがに馬子の叱責があったため一度で済んだ。
 その小さいがねじくれた変化を、どうやったらつつがなく平常に戻すことができるだろうかというのが、近頃の妹子の密かな悩みだった。


 限界が近いのではなく、限界なのではないか。
 妹子がそう訂正したのは、またしても太子の行動に予定が押され、夜が更けた後に自分の屋敷に帰った時だった。引き戸を開けた途端に愕然とした。
 まず眼に入ったのは、玄関のそこかしこに散らばっている、気に入って飾っていた壺の残骸だ。撒き散らされた破片が、ただ落としたわけではなく、一度割ったその後にも故意に細かく割り砕いてばらまいたことを示していた。
 茫然としながらも妹子は下手人が誰か確信していた。盗人の類とは思わなかった。
 慎重に破片を避けて玄関を過ぎる。以前にお茶を出してもてなしたことや、一緒に炬燵に入ったこともある、相手にとってもなじみ深い居間へ入る。途端に視界に入ったものはびりびりに破かれた障子、粉々に割れた食器、抉られた卓子、零れて滴る水、盛大に毟られた畳、あたりに撒き散らされた布団の羽―――と、眼を疑うような惨状だった。
 以前にも似たようなことをされたことはあったが、あれはあくまで妹子がそばにいたからやったことだ。妹子が本気で止めれば、すんなりやめてあとは炬燵に入って満足していた。主が不在のうちにこんなことを仕出かすのとは状況が違う。
 妹子は怒りを覚えるよりも先に、ぞっとした。慌てて帰ったばかりの屋敷から飛び出した。


 私のものになって。
 そう言っておきながら、他の話題へ逃げても少しも追ってこない眼は、決して本気で望んではなかった。妹子はそれくらいはわかっていた。
 ただ裏腹を求める態度を判じかねて、妹子はずっと拒否だけを返し続けた。
 それでも理由までは問わない妹子の狡さを許すまいというように、太子は暴挙で意思表示をしてみせたのだと、妹子は悟った。
作品名:この身を攫え 作家名:karo