たそがれ泣き
本当に嫌悪し自分の内面を何一つ知られたくないと思うのならば表情は能面のように強ばって、何一つ人に悟らせずに堅牢に閉ざすはずだ。かつての自分がそうしたように。
生きていく長い間で自分は対外的な、無表情をよく覚えてしまったが、それに似た彼の表情を見たときは背筋に冷たい感覚をよく走らせたものだった。
敵に向かう彼の表情は、恐ろしく感情を灯さない。彩の全てを無慈悲なものに変えて、ただひたすらに殲滅という単調な作業を繰り返す。
あの瞳は正面を切って向けられても、傍目から見る位置であっても、避けたいものだ。
かつての兄が嬉しいと言っていた理由が、ようやく一つ理解に及び、本田は自分の頬を彼の金髪に寄せたいと考えた。
あのときの自分の涙も、彼にそんな風に見えていたのだろうか。自分はかつての兄のように、この人に対して優しさを注げているだろうか。
意味もなく仮定を繰り返して、わずかに沸く空しさと無駄に跳ねる心に対抗しようとした。
慰めてあげたい、欲求はあってもそれが唇や手に反映される事はなく、やはりそのラインを超えることはなく、中途半端にやさしさを浴びせかけるだけだ。
うっすらと浮かんできた彼の目元の赤さを心配し、ハンカチを差し出すだけで、言葉をかけるだけで、抱きしめることはしない。迷った右手は結局彼の金色の頭を撫でるだけで止まった。
涙を見て、泣き言を聞いて、少しそれで終わり。それがいつもの事だ。
いつものことをいつものように処理し、繰り返される作業につきものの単調さを含めず受け入れる。
彼が涙を落とした原因に一緒に立ち向かうことも、過ぎた悲しみを丸ごと抱きしめて慰めることはない。
たくさん泣いてらっしゃいましたよ、どうにかしてあげた方がよろしいのでは?
せいぜいこんな諫言を幼いあの人に向けるだけで、おわり。彼らがまた愛しい馬鹿騒ぎをして、それを頬を膨らませながらも寄り添い始めて、自分が治めて……。
楽しいけれど、少しだけ歯車がかみ合わないのは、齟齬の音が胸を劈くのは自らのわがままだと知っているから、飲み込んでしまおう。
きっとそのほうがよい。
本田はいくつかそんな言い訳じみた小さな理由を胸のうちに作って、ひとつ呼吸をする。
へたり込んだ彼と顔の高さをあわせたまま、壁にかけた時計を見やった。
まだ便のあるうちに、名前を呼んで彼を立ち上がらせ、あの人のところへ向かわせなければならない。真鍮の振り子が一定値を保ったまま揺れ続けているのを見て、そう算段をつけた。
あの人の元へ向かわせるために、そのために、名前を呼ぶ。
「アーサーさん」
あの日の兄のように、精一杯の優しさを込めて呼ぼうとした声は妙な上滑りになり、日の傾きかけた居間に少しの切なさを残すこととなった。
今の自分と彼には、そんなふうにしか、許されていないのだ。