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神様へのノクターン

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 シトシト、降る雨の音を掻き消して、室内に籠るのは音の渦。
決して外に漏れる事の無いソレは、聴く者を癒し、洗い、救う、清廉な音の連なりだ。
紡ぐのは、武骨なれど節張って長く大きな指が生み出す鍵盤の音色と、甘く高く、澄んだ声。赦しを与えるような、優しく、どこか泣きたくなる程温かな感情を呼び起こす。
月夜に響き渡る音楽は静かに、2人を包む。今世界は、隔絶された中にあった。


 その、閉ざされた箱庭は、入り込んだ異音により、突如崩壊する。
ゴホゴホッ、と、喉を引き攣らせ咳き込んだ音が、奏でられるピアノの音をピタリと止ませた。
奏者である青年が立ち上がるのと同じく、歌い手である少女の身体が崩れ落ち、背を丸め一層酷く咳き込み始めた。

「帝人!」

血の気を引かせて駆け寄る青年以上に、少女の顔色は悪く、青白い。
血色の悪い顔はしかしながら、青年に向かって微笑んだ。寄り、下がった眉は、弱々しい少女に更に儚さを付加している。
白く細く、手折れそうな手をゆるりと持ち上げ、屈み込んで顔を覗き込んでいる青年の頬へと、少女は当てた。

「帝人、大丈夫か!?具合悪くなったか、新羅呼ぶか?」

背を支える手は大きく温かい。
少女は青年から与えられる熱に泣きそうになりながら、緩く首を横に振る。
咳き込んだ際に喉に競り上がった物を、無理矢理嚥下する。口内に残る鉄臭さを、どうにか唾液で遣り過した。

「ごめん、シズ君。大丈夫だよ。ちょっと咽ただけ。ほら、元気でしょ?」

ねっ、と首を傾げて見上げる少女の双眸には、言葉を裏切り快活さが無い。
スゥ、と透明な蒼が広がり、それはいつでも消えてしまえそうに、青年には見えた。
それに、と言葉を繋げ、少女は申し訳無さそうに笑む。

「新羅君だって、今日は忙しいって言ってたじゃない。彼だって仕事があるんだし。そもそも、彼は僕の主治医じゃないんだから。」

そんな急になんて来れないよ、と諭す。
青年は、同級生の顔を思い浮かべ、しかし、彼の多忙と少女の状態を天秤に掛けた所であっさりと少女に傾くので、残念ながら少女の言葉に是と首を振るには聊か弱い。
が、青年は少女が甘やかに優しげな表情を浮かべながら、裏腹に頑固である事も知っていて、フゥ、と、疲れたように溜息を吐く。
クシャリと金糸を掻き混ぜ、少女を優しく抱き締めた。

「…分かった。今回は俺が折れてやる。でも、次咳したら、お前がなんと言おうとも新羅を呼ぶか、病院に引っ張ってくからな。」

青年の背に手を回した少女は、分かったよ、と、諦めたように笑った。




作品名:神様へのノクターン 作家名:Kake-rA