神様へのノクターン
青年、平和島静雄と、少女、竜ヶ峰帝人は、所謂幼馴染と言うやつだった。
生まれた時からこれまで、片時も離れた事は無いと言う程、極端なまでに近しい存在。
相手の良い所も悪い所も、認め合い、分かり合い、受け容れ合い、赦し合う2人の関係を、異常だと言ったのは誰だったのか、しかしながら彼等2人にとってはどうでも良い事だった。
両者は互いを補い、生かし合った。どちらも不完全な生き物である事を、無意識の内に知っていた。
粗野な言動と、野生の獣のような雰囲気を醸し出す青年と、物静かで控えめ、大人しくてしかし見た目に反し非日常が好きで好奇心旺盛な少女の組み合わせは、少女と野獣と呼ばれた位だ。
取り分け静雄には、持て余し過ぎている怪力、と言う、異常な能力があった。
幼い頃から見せていた片鱗は、成長するにつれ彼の感情の揺れ幅に伴い次第に強大化し、高校生になる頃には、感情のコントロールも未熟ながら、怒りに侵された感情によって発揮される力と言う名の暴力は、多くの人間にとって脅威になり、彼の存在は周囲にとって完全に"化け物"になった。
人々に忌避され、恐れられ、疎まれた静雄が、それでも人間不信に陥り闇に沈まなかったのは、数は少ないが、静雄の傍に好奇心でも居続けてくれた友人達、そして何より、静雄の全てを肯定し、守り、慈しんでくれた、帝人の存在があったからだった。
『大丈夫だよ。何があっても、僕はシズ君の傍に居るからね。』
この一言が、自暴自棄になりそうな時も、泣きたくても泣けなかった時も、絶望に陥った時も、静雄を救った。
依存、と言う言葉が最も相応しい静雄の感情は、成長した今でも、変わらない。
帝人の存在が、言葉が、静雄の絶対であり、無くてはならない指針であり、全てである。
静雄の世界を開いたのが帝人であり、彼の世界を守ったのも帝人であった。
が、世界は美しいままでは、決して終わらない。
『皆、シズ君の事、誤解してるんだよ。だから、皆にシズ君の違う面を見せてあげたい。受け入れて貰いたい。だから、僕と一緒に新しい世界を歩かない?』
高校生の時の喧嘩に尾ひれが付き、いつしか"池袋の喧嘩人形"などと言う不名誉な二つ名が付けられていた静雄は、不愉快ながら、しかしその頃にはもう、自身の力にも、世間の目も、どうでも良くなっていた。
だから、帝人が静雄にそう言った時、少女の言葉に承諾を渋ったのは、何も、少女の申し出が嫌だったからでは決して無い。
そうまでして静雄の事を守ろうとする少女こそ、静雄は守ってやりたいと思っていたし、それが少女に無理を強いる事になると、静雄は分かっていた。
余命、数年。
この頃、頓に具合悪そうにしていた帝人を強引に病院に連れて行った静雄は、医師にそう告げられた。
彼女の両親は狼狽し泣き始め、静雄も脳内は恐慌状態と恐怖に支配されたが、帝人はただ1人、瞳を閉じただけでそれを受け入れた。
世の中には、現代医学だけではどうにもならないものがあると言う事も、静雄とて分かっていた。何でもかんでも万能になっていたら、世界の人々はもっと救われていた筈である。
だが、その事実が自身の幼馴染であり、最愛の人であり、静雄の半身とも言うべき少女に降りかかった事は、どうしても受け入れる事が出来無かった。
当人の帝人は納得して前を向いていたと言うのに、静雄だけが何時までも、泣いて、縋って、現実を呪っていた。
その帝人が持ち掛けた提案が、"静雄が生きた証を残す事"、である。
細身ながら縦に伸びた長身に、長い手足、鋭い目付きと鮮やかに染められた金の髪により、"不良"のレッテルを張られた静雄の意外な特技は、ピアノだった。
幼い頃から続けているピアノは静雄の相棒であり、帝人の次に、静雄を受け入れ、共に在ってくれるものだった。
感情の起伏に因りコントロールが困難になっていく力も、ピアノにだけは発揮される事なく、両親が買い与えてくれた白いグランドピアノは、未だ健在だ。
そしてピアノはまた、帝人とを繋ぐものでもあった。帝人は、静雄が弾く拙い音の集合を嬉しそうに楽しそうに聴き、「シズ君のピアノ、僕好きだよ。」、と、何を弾いても、どのような奏で方をしても、必ず言ってくれたのである。
ピアノは怒り意外に素直に表に出せない静雄の感情をはっきりと映し出してくれる鏡であり、帝人はその音を、静雄の思いを、正確に感じ取り心に仕舞い込んだ。
そのピアノの腕を生かそうと、帝人は言った。
帝人はあまり人前で歌いたがらないが、静雄は、帝人に歌唱力がある事を知っていた。
と、言うよりも、帝人の声が、人を惹き付けるに十分な魅力を持っていた。
平凡な容姿と性格に埋もれた、隠れた才。それを用い、多くの人に静雄のピアノを聴いて貰おうと、言うのだ。
自己犠牲にも見えるその姿勢の根底にあるのは、全て"静雄の為"である。ある種、自己満足とも言うべき思いは、彼女の残り少ない人生を賭けた願いだった。
そうまで言われ、静雄に否やが言える訳も無い。
こうして、<DIVA with SHIZUKA>の期間限定ユニットは誕生し、インターネットの動画サイトを中心に投稿した彼等の歌が爆発的な話題を呼び、今では多くの人の目に触れる事となっている。
触れているのは、静雄のみだ。帝人は長袖のワンピースを纏い、白い手袋を嵌め、レースのショールを頭から被り、顔を見せない。
少女の正体について様々な憶測を呼んでいる事、静雄の容姿が整っている事もあり、大きな広がりを見せ、メディアを通じて彼等の歌声とピアノは流されている。
静雄の弟であり、俳優羽島幽平、本名、平和島幽の後押しも大きい。今や若い世代のみならず、様々な年代の人々が彼等の曲を聴いた。