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俺とあなたの日々

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柳さんはコートに寝転がっていた。痛いだろうと俺は思った。男らしいとはまた違った方向に整っている、なんだか日本人形のような顔の、頬に砂利がついていた。見てはいけないものを見てしまった気分になった。だらしなく見えた。似あわなかった。みっともなかった。柳さんは汗まみれだった。シャンプーのCMみたくいつもさらさらしてる髪が、濡れておでこにべっとり張り付いていた。顔は真っ赤だった。息を切らしていた。ジャージは砂で薄汚れていた。とれない球にそれでもくらいついたせいで膝を擦りむいて、赤い血が出ていて赤い肉が見えていて傷口に砂がいっぱい入っていて、俺は自分がもっとひどいケガをしょっちゅうしているくせに、それを見ていられないくらい痛々しく感じた。
柳さんは起き上がらなかった。
仰向けに寝転んで空を、見ていた。もしかしたら目を開いていただけかもしれない。
やはり強いな。
ぽつりとそう言った。
俺に付き合って、俺を付き合わせて、一年続けた特訓の成果は、あっけないものだった。
追い詰めたと思ったんだが。
そう言って柳さんは目をつぶった。何を考えているんだろう。俺はその横で仁王立ちをして、両方の手をぎゅっと握り締めて、柳さんを見ていた。目をそらしてはいけないと思った。たぶん今の俺の顔も、柳さんに負けずに真っ赤だ。
「赤也」
呼ぶ声に、はいと答えた。柳さんの声は普通だったのに、俺の声が震えていてみっともない。
「あれが、『風』だ。滅多に見せない弦一郎の奥義の一つ。覚えておけ」
淡々と、いつも俺に指示を出すときのように、柳さんは言った。冷静な声で。まだ真っ赤な頬で。
はい、と答えた俺の声はやっぱりこんな短い言葉なのに震えていて、柳さんはぎゅっと眉をしかめた。
「やめてくれ。・・・・・やめてくれ、赤也」
そして向こうをむいた。首だけをぐるりとまわして、俺から顔を背けた。
「俺まで・・・・・」
言葉は途切れた。
俺のほうを向かない柳さんの、肩が、胸が、震えた気がした。息を吸いこんだだけだったかもしれない。けれど俺にはもう無理だった。限界だった。きつく目をつぶってうつむいた。ぱたぱたっと俺の靴や足元に水の滴があたる音がして、それはきっと汗だ。
あんまり暑いから、立ってるだけで目がくらむような気温だから、俺は汗っかきだから、だから下を向いた拍子にそれが落ちたんだ。俺はそう思った。歯を食いしばってこらえた。
噛みしめすぎた奥歯がギリッと鳴った。いろんな意味で頭に血がのぼって、ただでさえ暑いのに冗談にならないくらいクラクラする。このまま倒れちまいたいと思った。このまま倒れて、もう駄目だって思って、もう駄目になって、全部やめて諦めたら楽だ。全部無駄だったって思えばそれで終わりにできる。そういうふうに自分を許してやってかわいそうだって思ってやってよく頑張ったもういいんだって言ってやるのもそれなりに気持ちいい気はした。
でも。
「柳さん」
頭がぐらぐらしている。しっかり踏ん張っているはずなのに足元が頼りない。思いきり握ってるはずだけど、俺の手はちゃんと拳になってるか?
でも、俺は呼んだ。
「・・・・・なんだ」
柳さんは向こうを向いたまま答えた。その声は震えてない。震えてなんてない。
まだだ。俺も。あんたも。
「・・・・・今日、特訓、いけます?」
立ってるだけで死にそうな炎天下の中俺は言った。汗だらだらで。汗をかきすぎて出たに違いない鼻水を腕でぬぐった。わざとバカっぽく言う。
「俺、副部長のあの技見たのはじめてなんで、すげーやる気出てんスけど」
「はは」
柳さんは笑った。コートに肘をついて上半身を起こした。腕で体を支えて、さっきから大股開いて突っ立ったまんまの俺を見て笑った。おでこに前髪を張り付かせたままの、真っ赤な顔で。
「お前を選んでよかった」
いつも涼しい顔をしている柳さんの、汗だくの姿はかっこ悪かった。みっともなかった。きっとファンの子とか見たら幻滅だと思う(理由はなんとなく分かるけどこの人はかなりモテる)。
髪は汗で濡れて砂がついてぐしゃぐしゃだった。血がでない擦り傷がよく見れば腕にも足にもけっこうあって、ちびちび皮が擦りむけているから今日の風呂はあちこちしみるだろう。
でも、一番ひどい膝のケガからは、もう血が止まっていた。
柳さんは笑っていた。
「・・・・・たり前じゃないすか」
俺も笑った。試合もしてないくせに汗だくで真っ赤な、みっともない顔で、嬉しくてたまらずに。
柳さんに手を差し出した。
少し困ったような恥ずかしそうな戸惑いかたをしてから、柳さんは俺の手を握って立ち上がった。
俺たちは真夏の陽射しの下、向き合って立った。どっちも汗だくで、お世辞にも爽やかな姿とは言えない。
陸上部がグラウンドを走る掛け声が、ざわざわという葉擦れの音と一緒に風に乗って聞こえてきた。セミがうるさい。腕で額の汗をぬぐった柳さんの肩越しにばかでかく真っ白い入道雲が立ち上がっていて、まるで夏が永遠に続きそうに思う。
終わりなんていつになっても来そうにない。何もかもが最高潮で後ろから押されるように突き飛ばされるようにがむしゃらにただ走り続ける、
俺とこの人の日々。
作品名:俺とあなたの日々 作家名:もりなが