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陽炎

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当の本人は葬儀に形ばかり顔を出しただけで、遺言の公表と同時に相続放棄を申し出てさっさと帰ってしまっていた。
最初は利用しようと試みたらしいがどうにも思い通りにならず、結局排除も出来ないうちに遺産の一部を彼に渡さざるを得なくなったことを臨也は我慢のならない失態だと考えているらしかった。
「八つ当たりで巻き込まれるのは御免ですよ。そもそもは貴方が勝手に言い出したことだ。」
「わかってますよ。」
一向に納得していない顔で少年は虚勢を張る。理屈は正しく理解しても、それでもやはり認められたい報われたいと願うのは彼の幼さ故だろう。
いかに相手が資産家であったとは言え、健在のはずの実親がたやすく特別養子縁組を認めた事実に四木は少なからず臨也に内在する影を感じ取っていた。
だからと言って、不用意な情けをかけはしない。感情に流されるようではこの先裏社会で生きていくことなど叶わないのだから。

申し訳程度に腕を掴んで拘束を解いた。細い腕は容易く解けた。
籐椅子から立ち上がり、東屋を後にする。
己の積み上げてきた信頼を疑うつもりはなかったが、四木自身もまたあくまで異分子であることに変わりはない。
子どもはもうさすがに何も言わなかった。そんな聡さは嫌いではない。愛おしいかと言えばそれも違うが。
ただ、偏屈な堅物だった兄が絆された理由は分かる気がした。


「一計に十年と心底思えるようになれば、祝杯くらいは付き合ってやらないこともないですよ。」


去り際に呟いたその言葉が子どもの耳に届いたのかどうかは定かではない。
揺らめく陽炎を掻き乱すように、主の無い庭を風が吹きぬけていった。





FIN.

作品名:陽炎 作家名:elmana