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狐の婿入り

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 長らく乗車していたバスから降車、踏み締めた地から遠ざかって行く乗り物を見送って、激しく照りつける真夏の日光を片手で遮りながら、眩しげに空を仰いだ。

 生まれも育ちもドイツ、現在その地の大学に籍を置く俺達がそもそもこの遠く離れた国、極東の島国日本へと訪れたのは、一言で言ってしまえば規模の大きい社会見学の為であった。正確な技術力で定評のある我が国ドイツと、エコ技術大国日本は、経済的にも技術面でも近年提携を結ぶ事が増えてきた。特に自動車の分野では、ドイツは日本を高く評価しており、今回の来日は技術見学が目的だった。大学側や国側からして見れば「技術云々を盗んで来い」、と言う意図が多分に含まれているのだが、分かってはいてもそう言った柵など欠片も持たず、純粋な意味で俺達は日本を楽しんでいた。工学面で進んでいる日本の技術力は興味をそそり意欲を刺激するに十分な要素を持っており、こうして態々夏休みと言う学生の間の短い休暇を利用して訪れただけの価値は確かにあった、と言える。
そうして一行が去って行く中、俺達は滞在期間を引き延ばし、2人だけで日本に留まった。俺達、俺と弟は元々旅行が好きであったし、取り分け弟は、日本と言う国に多分な興味を抱いていた。必要外の荷は全て母国へと送り返し、衣類も足りなくなれば現地で調達すれば良いと、バックパッカーの体で2人、日本の観光に乗り出したのだ。
有名所は勿論だが、観光客があまり行かないような所へも訪れてみたいと言う弟の要望の下、バスを降りて足を付けた地は、東京などの都市部とは掛け離れた、ひっそりとした静かな田舎であった。如何にも、と言った風に簡素に作られたバス停は、昔ながらの看板と時刻表らしき数字が並んだボード、辛うじて雨風が防げるかと見えるボロい屋根に、トタン作りの壁。木造りのベンチがあり、御世辞にも新しいとは言えず、眼前に広がるのは田園風景だ。その中で不自然に近代的に建てられた二階建ての家々がちらほらと立ち並ぶ様は、いっそ日本と言う国の性質を奇妙に表していると、一目見た弟はごちた。人は疎らで、向けられる好奇の視線は、都会よりも一層強い。が、しかし田舎の人々は温かみがあり、外人と言う人々を目にする人々に慣れ切ってしまった東京の無関心な態度に比べれば、多少馴れ馴れしいとは思えど、その態度は親切に映った。この辺りはちょっとした有名な温泉宿があるらしいと、実は特に日本の古き歴史や文化に興味を持ち、日本文化を研究テーマに選んでしまった程の日本好きな弟のたっての希望で訪れた地だが、何分地図と睨めっこを続けても一向に理解出来ない困り果てた俺達を見かね声を掛けてくれたのは、地元民らしい老人だった。

「おや、一体どうなされた?」

 顔に年輪を刻んだ老人は日本語であったけれども、その皺をくしゃり歪めて微笑み、外国人丸出しの俺達に1人で話し掛けてくれた。言葉の壁を考えなかったのだろうかとは思うが、幸いな事に弟の影響もあって日本語の日常会話はある程度までなら体得出来ている俺達にしてみれば有難いものだった。

「あぁ、済みません。実はこの場所に行きたいのですが、ご覧の通り何処なのか分からなくて・・・教えて頂けませんか。」

 地図を持つ弟が、申し出てくれた老人に見せると、「あぁ、ここへ行く為に態々?それならばこの道を真直ぐ行って、見えるかね、あの大きな木の所を左に曲がると直ぐだ。」、と指さしながら丁寧に教えてくれた。

「有難う御座います、助かりました。」

 そう言って先へ進もうとする俺達を老人は引き止め、抱えていた重そうな手荷物を漁ると何かを取り出し、俺達の前に差し出した。

「日中は暑いから日差しに気を付けるんだ。良かったらこれを持って行きなさい。」

 目を瞠りながらも受け取った俺達を見た老人は満足そうに頷いて、「楽しんで行ってくれ。」と言い残して去って行った。老人がくれたのは、括れの付いた水色のビンの飲料と、何故か真っ赤に熟れた、トマトであった。飲料のラベルには"ラムネ"と書いてある。俺達は互いに目を合わせると、揃って苦笑した。

「ルッツ、お前コレ、飲み方分かるか?」

「いや、残念ながら。折角貰ったのに。しかしトマト・・・フェリシアーノの双子の兄、ロヴィーノを思い出すな。」

「あとはアントーニョな。」

 今は海を隔てて遥か遠くの大陸、母国に近しい国々に居る友人たちを思い出し、トマトに齧りついた。決して冷えてはおらず生温かったが、取れたてだったのか瑞々しく新鮮で、口の中には野菜特有の甘味が広がった。

「仕方無い、教えて貰った宿へ着いてから、宿の人に開け方を教えて貰おう、兄さん。」

「だ、な。」

 漸く解決した問題に快活に笑って、地図を鞄に仕舞い込んだ俺達は、意気揚々と目的の宿への道程を歩んでいった。降り注ぐ日差しの暑さと日本特有の湿気に汗を滝の様に流しながら、微かに戦ぐ風に揺すられ響く風鈴と呼ばれる夏の風物詩の音を聴いた。



「御予約下さいましたバイルシュミット様ですね?遠い所からようこそお越し下さいました。いらっしゃいませ。お外はさぞお暑かったでしょう。外国から来られた方でしたら日本の夏は尚更で御座いましょう?どうぞ、先ずは喉を潤して下さいませ。」

 恭しく一礼し挨拶した女将の有難い気遣いを丁寧に断り、先程貰ったラムネの開け方を問うとおや、と目を一瞬丸くしたが、そこは躾けの行き届いた品の良い宿らしく一瞬で元のふんわりとした笑みへ戻すと、「ラムネは冷えた状態での方がより美味しく頂けると思われます。部屋にも簡易では御座いますが冷蔵庫が置かれておりますので、先に露天を頂かれてから冷やしたラムネを飲まれるのは如何でしょう?その時お持ち頂ければお開け致します。」、と丁寧に述べた。ならば、と目配せでその体を取る事を互いの意思として確認し、差し出してくれた冷たい緑茶を有難く頂戴した。思った以上に体が水分を欲していたのか、喉を通る清涼感に漸く人心地に付いた気がした。見計らった女将が「ではご案内致します。」、と足音をさせない歩き方でしずしずと進んでいく後をついて行き、案内されたのは突き当りの和室。襖戸で仕切られた扉を女将が音も無く開けた先の部屋が露わになり、視界に入った景観に思わず感嘆の息を洩らした。日当たりも良く、且つ風の良く通る作りをしており、井草の薫る畳、窓から見える景色は絶景と言っても良いものだった。危うく日本の作法、土足厳禁と言うものを忘れそうになり慌てて靴を脱いで上がった部屋は、外国人である俺達を優しく迎えた。

「何か御座いましたらお申し付け下さい。それではごゆるりと。」

 そう言ってまた静かに去って行く女将に礼を言うと、改めて室内をぐるりと見回した。畳の上に置かれた大き目の机と、その周囲に敷かれたクッション。日本的に言うと"座布団"、と言うらしいが、机上には盆とポット、カップが置かれ、茶請けの日本菓子まで置かれている。部屋の隅に備え付けられた冷蔵庫を発見した俺は、弟からラムネを受け取り中に放り込んだ。パタン、と閉め、荷物を置き座布団の上へ腰を下ろすと、2人揃って眺めの溜息を洩らした。

「思った以上に、体力が必要だったな。」
作品名:狐の婿入り 作家名:Kake-rA