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摘み取った華の液に似ていた



(ライシオ・遊郭パロもどき)



 噎せ返るような空気。体臭、香気、煙草を燻らせた濁り。それらが充満した廊下をライナはただひたすらに進んでいた。
 時々すれ違うのは見た目麗しい人々。女もいれば男もいた。みなここの商品で、値段と噂に値する程の華やかさがあった。しかしライナの求める華はこんなところに咲くはずのものではなく、この廊下のずっと奥先――最高級と誉れ高い銀華だった。
いや、本来ならば彼は銀華と呼ばれるような存在ではなかった。この郭の外で、ライナと共に笑い共に過ごし、多少の無茶をやってのける年相応の青年だったのだ。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。友人に会うために己の家の名と血筋、金貨まで用いらなければならない事実。
虚しさとやるせなさとで、ライナは手にした土産袋をぎゅうと握り締めた。

「――俺、ライナには二度とここに来るなって言わなかったっけ」

 鉄格子の向こうに広がる暗闇。
 そこにうっすらと紫煙が漂い、ぼんやりとした蝋燭の灯が銀糸を柔らかく照らしていた。

「俺もおまえに煙草止めろって言ったはずだよな?」

 するりと布擦れの音がした。それまではっきりと認めることが出来なかった相手の顔が、鉄柵越しではあるものの間近に近付く。
 銀華は咲き誇り続けることに疲れているようで、酷く気だるげな顔をしていた。
 そしてライナの鼻をついたのは紫煙の臭い。思わず顔を顰めてしまう。

「仕方ないだろ、これが合図なんだ」

 シオンはそれでも煙草に口をつけることはしなかった。それもそうだ、元々彼は煙草の煙も香水のような香料も厭うていたのだ。
 シオンの言う通り、ここでは香りと煙が合図だ。誰も客がついていない場合、商品である華々は己の香りを焚き染める。それは想い人の煙草であったり、故郷の香であったりと様々だ。
 誰一人として同じ香りの者はいない。客は目当ての華の匂いを辿って、華を摘み取るのだ。

「俺が贈った香を使えばいいだろ。あれならおまえだって嗅ぎ慣れてるから匂いに酔うこともないし、それに」

 ライナがここに来る度に必ず持参するもの。それはライナの自室に焚いているものと同じ香だ。これはライナの家に伝わるもので、他の貴族のものや街で売られているものとはまた違った匂いがする。
 シオンが似合わない煙草の臭いを纏うより、彼には二人で下らない研究や話に没頭していた自分の部屋の匂いの中にいて欲しい。
 他の客と同じく、華を自分の香りに染め上げたいのだという事実は否定しない。だが進んで肯定もしたくなかった。
 自分はただ、こんな場所にいるからこそシオンには心安らぐ過去と共にいて欲しいだけだ。いつか自分が家を継いで、もっとしっかりとした立場を築くそのときまで、ほんの少しだけ待っていて欲しかった。

「……いやだよ」

 昔からシオンが弱ったときにだけ見せる微笑みを浮かべた。

「ライナの部屋の匂いの中にいるのに、ライナがいないなんて、そんなの耐えられないじゃないか」

 手から滑り落ちた香が袋の中で砕けたような音がした。