日の下で眠る
一筋の光が走ると、たちどころに影が二つに割れた。液体が空を舞い、落ちる。その液体が、緑の衣装に赤い花を咲かせた。
「ふん、足軽を葬る事など容易いものよ。だが・・・」
言葉を発するや否や、遠くで銃声が聞こえた。
「危ねぇ!!」
元就が横に突き飛ばされた。何かが数回貫かれるような音が彼の耳に入る。顔を上げると、自身よりも大柄な男から先ほど見たばかりの液体が流れ落ちてくるのが見えた。これに元就は目を瞠る。
「貴様、何をしたか分かっているのか!」
その男は振り返ると、布で覆われていない片目を細めた。
「あ?駒として誉めてくれるんじゃねーの?はは・・・お前、失敗した時以外でも…んな顔、する事が・・・あん、だ、な」
言いながら、目を閉じた元親がゆっくりと横に倒れていく。倒れた元親が咳をすると、口から血が出た。ハッとして元就は体を起こし、元親に近づいた。そして無言で彼を抱き起こす。瞼が震えると、僅かに目が開かれた。
「最期くらい、お前の仮面を崩せた、か?」
この言葉に、元就は眉を歪めると、真一文字だった口元が幾許か緩められた。
「馬鹿者が。駒が我を左右できるわけ無かろう、元親よ」
元就の顔と言葉に、元親は『そうか』と、満足そうな笑みを浮かべながら短く答えると、再び目を閉じた。もう一度名を呼んでみるも返事はない。また、再び目を開けることも無かった。元親が動かなくなると、手に触れた部分の熱が失われていくのを元就は感じた。自分の腕の中で冷たくなっていく元親を静かに下ろす。すると後方から手を叩く音が聞こえた。元就が振り返ると、数刻前までは味方であったはずの竹中半兵衛が離れた所に立っていた。
「さすがだね、毛利君。君の手で彼を討ち取った気分はどうだい?」
「ふん、何とでも言うが良い。我は貴様と話をするつもりなど無い」
元就は言いながら、近くに落としていた輪刀を拾い上げる。そのまま立ち上がると、腕で輪刀を回しながら振り返り、構えた。
「我が名は毛利元就!日輪の申し子なり!下らん貴様の策など、我が散らしてみせよう」
「へぇ・・・このような劣勢でも立ち向かってくると言うのかい?それでも僕は構わないよ。早く事を済ませたいからね」
半兵衛が鞘から刀を抜く。否、彼の刀はただの刀ではなかった。関節剣で鞭のように撓る。半兵衛がそれを一度強く振り下ろすと、剣が地を強く叩き、跡をつけた。その音を合図とするように、元就が駆けて半兵衛へ向かう。それを微笑みを浮かべながら見る半兵衛。そして彼は腕をしなやかに動かした。その優美さとは別に、彼の剣は元就を切り裂こうと刃を向ける。
「君と僕とじゃ射程距離があまりにも違うと言うことが、分からない訳ないだろう?どうして策士である君がこうまでも無謀に突き進んでくるのか、僕には理解できないよ」
「無謀、か。その通りだな。我にも理解ができぬ」
幾度と無く襲い掛かる刃を、輪刀で弾き返す。だが、元就を襲う刃の数はあまりにも多く、幾つもの傷が元就に刻まれた。それでも怯むことなく、半兵衛へと近づいていくと、ようやく彼が輪刀の射程に入った。
「ク・・・ァッ!」
元就は体を捻りながら全身で輪刀を振り、半兵衛の肩を切り裂いた。重力とは反対の方向に、血飛沫が上がる。それを避けるかのように一歩、半兵衛から遠ざかった。
「これではまだ足らぬであろう?・・・散れ!」
手を胸に寄せたかと思うと、そのまま前方へ出した。小さくはあるが爆発が起こり、半兵衛の周りに砂煙が上がった。
「他愛も無い。策に溺れるとは、このことよ・・・・っ!!?」
砂煙から一筋の光が横切ったかと思うと、元就の胸を刃が貫いた。次の瞬間、体から刃が引き抜かれる。その速さに、元就は傷口を手で塞ぐ事しか出来なかった。手の隙間から止め処なく血が流れ出る。
「グ・・・カハッ!!」
口からも血が溢れた。出血の多さに、足が震える。立っていることも侭ならず、元就は地面に膝をつけた。顔を上げると、砂煙の中から、所々黒く焼かれた半兵衛が姿を現した。
「策に溺れていたのは君の方だよ、毛利元就。君が僕達と同盟を組んだ時点で君の負けだったんだ。君の後ろに転がっている彼と繋がっていれば、こうはならなかっただろうにね」
傷を負った肩を押さえながら言うと、元就に背を向ける。
「無償で伸ばされた手を、どうして取らなかったのか・・・。理解できずにいたけど、今なら分かるよ。君は長曾我部元親と言う人間が羨ましかったんだ。心のどこかで『なりたかった自分』が、『彼』だったんじゃないのかい?」
半兵衛が振り返ると、呼吸を乱し、痛みに眉を寄せた元就と目が合った。そして確信したように妖艶な笑みを浮かべる。
「嫉妬に荒れる心を正すために離したその手は、あまりにも大きかったということだね」
そして半兵衛は再び元就に背を向けた。今度は立ち止まる事も、振り返ることなく元就の視界から消えていった。ずっと半兵衛を睨みつけていた元就は、ここで再び喀血する。空いている手で膝を押さえつつ立ち上がった。そして向きを変え、ゆっくりと、地を踏み締めるように歩き始める。
「元親よ。前に言った言葉を、貴様は覚えておるか?」
元就の脳裏を、元親の言葉が過ぎった。
『何もかも駒と考えてると最後まで立ってられねーぞ』
この言葉に、自嘲するかのように笑う。
「フフ・・・その、通りだったな。だが、我が駒と考えずとも、所詮は皆駒なのだ。貴様も、そして我も。日本と言う、大きな盤面上の、な」
ここでようやく元親が元就の手の届く範囲に入った。目的を果たしたからか、元就の体は崩れるように地に伏せられた。
「だから貴様の言葉に足さねばならぬ。あらゆる物を駒と考えるものは、何一つ、護れずに散る、の・・・だ・・・・・・と」
言い終えると、目を閉じ、眠るかのように事切れた。彼らの体に刻まれた傷が無ければ、赤い花など咲かねば、二人の友が日の下で仲良く眠っているだけに見えただろう。
―終―