日の下で眠る
陣の周りに居た、疲労し闘志を失った兵が、元就を一目見ると逃げ去った。難なく陣に入ると、さすがに易々と通しはしなかった。一斉に元就へと刀を向けて襲い掛かる。だが毛利はそれをものともせず、輪刀で舞うように彼らを一蹴した。傷を負うもまだ立ち上がれる者は、何度と元就へと向かっていく。『アニキは俺たちが護る』と口にしながら。
「ふん。気持ちだけで何ができる。所詮は貴様らも奴の駒に過ぎ・・・」
「駒なんかじゃねーよ」
傷により得物も持てず、逃げることも出来ない兵に、迷わず輪刀を向けていた元就の手が止まる。そのまま刀を下げ、声のした方へ顔を向けた。
「こいつらは俺の仲間だ。誰一人として駒だと思ったことはねぇ」
言いながら、先ほどまで元就に刀を向けられていた兵の前に来た。片腕を横に伸ばし、これ以上先へ行かせないと態度で示した。
「だから俺はこいつらと護り、護られる関係にある。時にゃ失う事もある。それもたくさんな。こんな乱世だ。仕方ねーって話で片付けられちまうかもしれねぇ。それでも俺はこいつらと同じ時を生き、同じ釜の飯を食ってきたんだ。はい、サヨナラなんてできねーよ。駒になんか、思えるかよ」
ここまで言うと、元親は腕を下ろした。彼が話している間に他の兵が負傷した者を連れ、その場から離れていた。
「毛利、俺はお前が家を護る事、繁栄させる事に対しちゃなんも否定はしねぇよ。だがな、その人を人と考えねーやり方が気にくわねぇ!!」
元親は肩に背負う碇槍を振り下ろす。重そうな音が響く。それが静まると、僅かに笑い声がする。元就が口元だけを僅かに歪ませていた。
「やはり貴様とは考えが相容れぬな。だから我の駒にもなれなんだ」
「ぁん?」
元親が『駒』と言う存在を否定するにも関わらず、尚もその言葉を使う元就に元就は眉を寄せた。
「ただ従えば良いものを。我の成す事に反発し、現状を招いていたのが分からぬか。まったく、使えぬ駒め」
元就が輪刀を構え直す。
「我が直々に切り捨ててやろう」
「上等だ。かかってこいや!!」
「アニキーー!!」
二人が刃を交えようとした瞬間、長曾我部軍の兵が駆け込んできた。
「豊臣軍に陣を包囲されました!!それもほとんどが鉄砲隊です!!我々を皆討ち取ろうとしている様子!」
「なんだと!?おい、毛利!」
元親は焦って元就を見た。元就は豊臣軍と同盟を結ぶ毛利軍の頂点である。このまま豊臣軍の鉄砲隊が攻撃を開始すると、味方である元就もろとも討ち取ることになる。元就は刀を下ろし、呟いた。
「…謀られたな。」
輪刀を握る手に力がこもる。ギリッと鈍い音が聞こえた。
「我が、こんなにも単純な策にかかるとはっ!」
悔しそうに声を荒げ、自身の顔を片手で覆う。そんな彼の肩に、元親は軽く手を乗せた。その手を横目に見た元就は、手を下ろして無感情な顔をした。
「なっちまったもんはしょうがねぇ。ここは一先ず休戦して手を組むってのはどうだ?」
「・・・ふん、仕方がない」
「まったく、仏頂面で言われるとやる気がなくなるってもんよ」
態とらしく肩を落とし、自身の頭を乱暴に掻いた。溜め息を一つ溢しながら。そして後ろを向いて大きく声を出した。
「おい、おめーら!!行くぞ!!!!」
「おおーーーー!!」
掛け声と共に、陣の中に待機していた兵達が一斉に外へ駆け出す。忽ち銃声と共に悲鳴が上がった。それでも気合十分の声が聞こえてくる。この喧騒の中、長曾我部軍の陣には元親と元就の二人が残っていた。
「なぁ、毛利。もし俺達が最後まで立っていたらよぉ、また同盟でも組もうや」
「いいだろう。我が毛利の繁栄と安芸の磐石とするためだ」
「ははっ!何と言っても変わんねーな」
元就は、元親が言ったように仏頂面のまま、彼の提案を受け入れた。それを元親は笑い飛ばすと、碇槍を持つ力を強める。
「じゃ、俺達も行くとするか」
「・・・我に指図するでない」
言うと、二人は同時に地を駆けた。