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輪廻夫婦

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ガーランドは苦悩していた。卓袱台の上の緑茶はすでに冷めきっている。だというのに目の前に座るウォーリア・オブ・ライトの話は終わりが見えなかった。
彼は元来寡黙な男であるが要所を押さえた発言で、家庭を取り仕切っている。ガーランドとて陽気な口でもない。二人並んで座っていても会話が全くないというのザラだった。
しかしガーランドはその空気が好ましかった。言葉にせずとも伝わるものはある、あるがままの二人でいればいい。いつか無表情で告げられた言葉は、嘘を吐かないウォーリア・オブ・ライトの本心そのものだった。だからこそガーランドも沈黙を楽しむことができたのだ。割烹着を着て台所に立つウォーリア・オブ・ライトと居間で新聞を読むガーランド。二人の間に会話はなくとも彼らは満足だったのだ。
それが今回はどうしたことだろうか。
「最近の若人は覇気がなさすぎる。企業に祭り上げられたイベントに一喜一憂などして、男子たるもの往々にして泰然としているべしなどと言ったものだが、一体どうなっているのか。そうは思わないかガーランドよ?」
「むぅ……そうだのう」
絞り出すような同意を意に介さず、彼は持論を言い募る。ガーランドはため息をそっとこぼした。珍しく彼が感情を露わにしているのを、常ならば驚きこそすれ、今日のように苦々しく思ったりはしない。折角饒舌になっているのだ。その持論に乗ってみたり、反対意見を出してみたりと有意義にディスカッションを楽しんでみたりもする。
しかし今回の問題は。
「全く、ホワイトデーなど死滅すればいいものを。男が贈り物などと情けない」
「……そうだの」
膝に置いた荷物を隠そうと手を動かしたのを、彼は気づかなかっただろうか。そうであって欲しい、ガーランドは願った。情けないと評する男がまさか目の前にいるとは思いもせず、ウォーリア・オブ・ライトは延々と持論を語っていた。

ガーランドがウォーリア・オブ・ライトに物を贈ろうと思ったのは、ホワイトデーを意識していたわけではない。勿論ウォーリア・オブ・ライトからバレンタインにチョコを貰ったわけでもない。ただ日頃家事を頑張ってくれている彼に、何かで酬いたいと思っただけだった。たまたま街を歩いているときに見つけた割烹着は流石に贈り物としてどうかと思った。だが、彼は花など生活に彩りを添えるものよりも、実際に役立つもののほうがいいだろうとも思ったのだ。
しかしその偶の思いつきの結果がこれだ。男からの贈り物の拒否反応。どうして熱弁を振うのが今日なのだと矛先がずれた怒りすら感じてしまう。これが昨日なら、街を歩いていて気まぐれを起こさなかったというのに。

膝の上に置かれた包装紙を何の気なしにそっと撫でる。包装紙が擦れる音に一瞬焦ったが、ウォーリア・オブ・ライトは気づく様子がない。思わずまたため息をついてしまった。何故自分はこんなものを買ってしまったのか。
何故あそこで割烹着などに目を奪われたのか。……何故照れながら彼が礼を言う様子など夢想してしまったのだろか。愚かにもほどがあるわ。彼は心の内で吐き捨てた。ましてや八つ当たりじみた思いを抱いてしまったことが、ガーランドの惨めさに拍車をかける。
こうなると手元に渡せなかった贈り物があるだけでも情けなく思えてきた。それならいっそ、彼に見つかる前に早く処分するとしよう。決意すると一刻も早く捨ててしまいたかったが、なかなか彼は席を立ってくれなかった。
「おい、お茶が冷めたぞ」
焦れたガーランドは顎で湯呑みを示した。熱弁を中断されたウォーリア・オブ・ライトは不満そうに眉をしかめたが、なにも言わずに自分とガーランドの湯呑みをつかんで台所へと向かう。
水を出し始めたのを確認したガーランドは荷物を抱えてそろりと立ち上がった。ちょっと厠にでも行こうかの、とさりげなく呟いてみせた。端から見れば不自然極まりない行動だ。そのせいだろうか、ガーランドが襖に手をかけたちょうどその時にウォーリア・オブ・ライトが暖簾から顔をのぞかせた。
「おい緑茶とほうじ茶どちらが……今なにを隠した」
両手にお茶の入った缶を持ったウォーリア・オブ・ライトの声に険が帯びた。慌ててこちらに向き直ったガーランドが背後に何かを隠したのを見逃さなかったのだ。
「隠す? 何をだ」
「隠し立てすると碌なことにならんぞ」
お茶缶をまるで剣と盾のように構える彼の姿は第三者が見れば滑稽に思えたかもしれなかったが、当の本人は真剣で、相対するガーランドもその本気を感じ取っていた。
ガーランドは気づかぬうちに喉を鳴らしていた。この場はどうするのがよいだろうか。既に儂が何かを隠していることはばれている。シラを切り通すのは難しいだろう。だからといって、お前に渡そうと思ってと差し出すのもあの熱弁を聞いた後では非常に気まずい。どうする、身の安全をとるかプライドをとるか。どっちなのだ。一瞬の逡巡。かざしたウォーリア・オブ・ライトの右手がいざ振りおろさんとピクリと動いたときに答えが口をついてでた。
「少しは待たんか! 見せてやるからまずは茶を入れてくれ、ほうじ茶でな!」
身の安全をとったのではない、ささやかな家庭の円満を選んだのだ。ガーランドは胸中で何かに必死に言い募っていた。

かくして、卓袱台に湯呑みが二つ運ばれた。中身は勿論ほうじ茶だ。ガーランドは音を立ててすすった後、正面に正座しているウォーリア・オブ・ライトを眺めた。いつ終わるともしれない輪廻を経て何の因果か今度は一つ屋根の下でともに暮らしている好敵手。この生活がいつまで続くのかはわからない、しかし今このときを大事にしたい。情けない奴だと思われようが。
無言で包装紙を卓袱台の上に置く。彼は目を見張った。
「開けるがよい」
「私が? 良いのか?」
彼は眉を寄せる。リボンこそついていないものの綺麗にラッピングされ、一目で贈り物だとわかる。隠されたのでとっさに詰問したものの、こういったものならば隠すのもわからなくもない。むしろ問いつめてしまった自分を反省すべきだと自分にも厳しいウォーリア・オブ・ライトは思っていた。しかし、私に開けろとは。もう一度ガーランドを見るが、鷹揚に首を縦に振るだけで何も言わない。
ならばとガサガサと音を立てて紙を解き始めた。実に包装は簡素なもので、一皮むけばすぐに正体も知れる。
現れたのは白い布だった。広げてみると割烹着だとわかった。
「一体どうしたのだ。珍しいこともあるものだな」
ガーランドが割烹着を買ってくるのは自分宛以外にあるまい。彼はそう確信していた。かといって何故自分に贈り物など。贈り物。そこまで考えが到ったとき、ウォーリア・オブ・ライトはハッとした。先ほど自分はガーランドに向かってなんと言っていた?
すぐさま座布団から降り、姿勢を正す。手を畳について深く腰を折った。
「すまないガーランドよ。知らぬことだったとは言え大変失礼な真似をしてしまった。どうか許して欲しい」
着込んだ鎧のつなぎ目同士が擦れて音を立てる。兜に収まりきらなかった髪がはらりと垂れた。
「よさぬか。それにこれは贈り物という訳でもない。単に儂の気まぐれだ」
「気まぐれだと?」
作品名:輪廻夫婦 作家名:ban