籠の華
かごめ、かごめ
籠の中の鳥は、 いついつ出やる
夜明けの晩に、鶴と亀が滑った
―――――後ろの正面、だあれ?
****
真白なワンピースと淡い水色の薄手のカーディガンを羽織り、少女は長い髪を風に遊ばせて佇んでいた。
一瞬、自分がどんな場所に居るのかわからなくなるような錯覚を覚え、静雄は首を振る。それほど少女が違和感を覚える存在だったのだ。
こんなコンクリートの破片がむき出し、自販機が横倒しになって、標識が折れ曲がった荒廃した場所には不似合いだった。静雄は己が作り出した環境であることを嫌悪しつつも、このままだと少女が躓いて怪我でもしかねないと逃げられるのを覚悟して声を掛ける。
「あーっと、・・・・おい、」
少女が振り返った。
覗いたのは息を呑むほど美しい蒼い眸。
「僕のことでしょうか」
「っああ、そうだ。・・・・ここは危ねぇから、どっか行ったほうがいいぞ」
気の利いたことなど言えるはずもない静雄はありのまま伝える。ぶっきらぼうな声は少女からしてみれば畏怖の対象となるはずなのに、蒼い眸は欠片も揺らぎもせず静雄をひたりと見つめた。
「・・・・すみません、でも僕この先の公園に行きたいんです」
「そうなのか?・・・・・じゃあ、ちっと待ってろ」
静雄は散乱したコンクリートや自販機を脇に避け、少女一人が安全に通れるスペースを作り上げる。軽々と自販機を持ち上げる静雄に少女の蒼い眸がぱちりと瞬いた。
「これでいいだろ」
「・・・・ありがとうございます」
少女はふわりと微笑み、静雄の隣を横切った。最後まで静雄に対し畏怖を現さなかった少女。静雄は思わず、立ち去ろうとする背中に呼びかける。
「なあ」
少女はまた振り返る。
「あんた、・・・・俺のこと、こわくねぇのか」
立ち止まった少女はことりと首を傾げた。
長い黒髪がさらりと零れ波を打つ。
「怖くはないです、親切な方だとは思いましたけど」
淡々とした口調。けれど、嘘は無いのだと信じられる声だった。
「平和島静雄さん、でしたっけ」
「っ、・・・俺を知ってんのか」
「ええ、お嬢様がよくお話になられてたので」
少女は蒼い眸をやんわりと細め、唇を綻ばせた。
「思った通り、優しいひとですね」
まるで白昼夢を見ていたかのようだ。静雄は短くなった煙草の火を靴底で消す。瞼を閉じれば残像のように浮き上がる白いワンピースを着た少女。透き通った蒼の眸に憂いを残す横顔が印象的だった。
(やさしいひとですね)
初対面の人間に――しかもあちらは自分が平和島静雄だと理解して――そう言われたのは初めてだった。
「静雄お兄ちゃん!」
顔を上げれば手を振って駆けてくる、最近知り合ったばかりの幼い子。
「よう、茜」
「えへへ、静雄お兄ちゃんこんにちは!」
いつも楽しそうな茜だが、今日は一段と機嫌が良さそうだ。
「何か楽しいことでもあったのか?」
「これからあるの!今からお姉ちゃんを迎えに行くんだー」
「お姉ちゃん?お前姉貴とか居んのか?」
「姉貴じゃないよ、お姉ちゃんだよ」
「あ?・・・まあそうだけどよ」
噛みあわない会話に眉間を抑えながらも、少女の言い分を聞く。
「お姉ちゃんはキレイなんだよ。そんで今日は久しぶりにお出かけしてるんだぁ。茜が帰るときにいっしょに帰るって約束してるの。お姉ちゃんは茜との約束はぜったい破らないから、きっと待ってる」
茜は静雄から離れ、たたたと駈けていく。静雄は何とはなしにその小さな背中を見送る。何故か、あの少女の残像と重なった気がした。
「お嬢様って・・・もしかして茜のことか・・・?」
その問いに答える声は無い。
籠の中の鳥は、 いついつ出やる
夜明けの晩に、鶴と亀が滑った
―――――後ろの正面、だあれ?
****
真白なワンピースと淡い水色の薄手のカーディガンを羽織り、少女は長い髪を風に遊ばせて佇んでいた。
一瞬、自分がどんな場所に居るのかわからなくなるような錯覚を覚え、静雄は首を振る。それほど少女が違和感を覚える存在だったのだ。
こんなコンクリートの破片がむき出し、自販機が横倒しになって、標識が折れ曲がった荒廃した場所には不似合いだった。静雄は己が作り出した環境であることを嫌悪しつつも、このままだと少女が躓いて怪我でもしかねないと逃げられるのを覚悟して声を掛ける。
「あーっと、・・・・おい、」
少女が振り返った。
覗いたのは息を呑むほど美しい蒼い眸。
「僕のことでしょうか」
「っああ、そうだ。・・・・ここは危ねぇから、どっか行ったほうがいいぞ」
気の利いたことなど言えるはずもない静雄はありのまま伝える。ぶっきらぼうな声は少女からしてみれば畏怖の対象となるはずなのに、蒼い眸は欠片も揺らぎもせず静雄をひたりと見つめた。
「・・・・すみません、でも僕この先の公園に行きたいんです」
「そうなのか?・・・・・じゃあ、ちっと待ってろ」
静雄は散乱したコンクリートや自販機を脇に避け、少女一人が安全に通れるスペースを作り上げる。軽々と自販機を持ち上げる静雄に少女の蒼い眸がぱちりと瞬いた。
「これでいいだろ」
「・・・・ありがとうございます」
少女はふわりと微笑み、静雄の隣を横切った。最後まで静雄に対し畏怖を現さなかった少女。静雄は思わず、立ち去ろうとする背中に呼びかける。
「なあ」
少女はまた振り返る。
「あんた、・・・・俺のこと、こわくねぇのか」
立ち止まった少女はことりと首を傾げた。
長い黒髪がさらりと零れ波を打つ。
「怖くはないです、親切な方だとは思いましたけど」
淡々とした口調。けれど、嘘は無いのだと信じられる声だった。
「平和島静雄さん、でしたっけ」
「っ、・・・俺を知ってんのか」
「ええ、お嬢様がよくお話になられてたので」
少女は蒼い眸をやんわりと細め、唇を綻ばせた。
「思った通り、優しいひとですね」
まるで白昼夢を見ていたかのようだ。静雄は短くなった煙草の火を靴底で消す。瞼を閉じれば残像のように浮き上がる白いワンピースを着た少女。透き通った蒼の眸に憂いを残す横顔が印象的だった。
(やさしいひとですね)
初対面の人間に――しかもあちらは自分が平和島静雄だと理解して――そう言われたのは初めてだった。
「静雄お兄ちゃん!」
顔を上げれば手を振って駆けてくる、最近知り合ったばかりの幼い子。
「よう、茜」
「えへへ、静雄お兄ちゃんこんにちは!」
いつも楽しそうな茜だが、今日は一段と機嫌が良さそうだ。
「何か楽しいことでもあったのか?」
「これからあるの!今からお姉ちゃんを迎えに行くんだー」
「お姉ちゃん?お前姉貴とか居んのか?」
「姉貴じゃないよ、お姉ちゃんだよ」
「あ?・・・まあそうだけどよ」
噛みあわない会話に眉間を抑えながらも、少女の言い分を聞く。
「お姉ちゃんはキレイなんだよ。そんで今日は久しぶりにお出かけしてるんだぁ。茜が帰るときにいっしょに帰るって約束してるの。お姉ちゃんは茜との約束はぜったい破らないから、きっと待ってる」
茜は静雄から離れ、たたたと駈けていく。静雄は何とはなしにその小さな背中を見送る。何故か、あの少女の残像と重なった気がした。
「お嬢様って・・・もしかして茜のことか・・・?」
その問いに答える声は無い。