日溜まりのゆめ
そう言い放つと、驚いた顔をした家康は、三成を見つめた後にじわりと苦笑を浮かべた。悪戯が知られた童の顔と違いない表情だ。
「ばれたか。……やはり味が」
「こんなものに味も何もないと言っている。あえて言うなら形は悪い」
「そ、そうか。――それだけでわかったのか?」
興味津々といった様子の男は、自分がたかが握り飯を勧めることにどれほど意気込んでいたか意識していないらしい。三成は問いかけを無視して叱責した。
「何度も言うが、将がやることではない。貴様はもう少し立場というものを考えろ。豊臣の将が誰かれ構わず気安く交わり、挙句に共に膳の支度など、ひいては秀吉様の御威光にも」
「何、案外楽しいものだったぞ」
楽しい、楽しくないなどという話をしているわけではない。苛立った三成がそれを言ってやる前に、家康が残りの握り飯を手に掴んで口に放った。
そして、たちまち眉を下げた情けない顔になった。
「………三成」
「何だ」
「―――これは、塩気が…きついぞ……」
三成には食事の美味も不味いも関係がない。それは気付かなかった、食った瞬間に言ってやればよかったと思って改めて男を見やれば、家康は納得しがたいといった様子で首をひねっている。塩をつけすぎたのか、などとぶつぶつ言い、拳を握ったり開いたりして見つめている。
その拳に数多の傷があることを、三成は知っていた。
戦場では多大な威力を発揮する拳で、不器用にも形の悪い握り飯を作り、三成に強引に食わせて満足し、自分で食べてから味に文句を言う。
あまりにも、馬鹿らしい。
馬鹿らしすぎて、思わず三成はふ、と薄い息を吐いた。
すると視線を戻した時に、家康が眼玉がそのまま零れ落ちそうなほど眼を見開いて、三成を凝視しているのがわかった。何事か、と思わず三成がその顔を見返すと、
「三成、お前いま」
家康は、ゆるゆると頬を緩めた。つい先程までは難しい顔をしていたくせに、そんなことは一瞬で忘れたと言わんばかりの、全開の笑みを浮かべてこう言った。
「わらったろう……!」
三成はもちろん、馬鹿げた男だ、ともう一度思っただけだ。
自らがわずかに、ほんの微かに目元を緩めていたことなど、ついぞ気付かなかった。
用件は済んだだろう、さっさと去れ、と苛烈な部屋の主に追い出された家康は、三成の部屋から離れた所で歩みをとめた。そして、回廊に立ち尽くしたままそっと己の顔を片手で覆った。
おそらく自分はいま、誰かに見咎められてもおかしくないような、妙な顔をしているに違いなかった。
驚きと、嬉しさと、気恥ずかしさと、喜ばしさと、面映ゆさと。
三成の言うとおりだ。一軍の将が一人きりで頬を緩ませている姿など、兵達に見せられるものではない。
だが初めてだった。あの男がほんのわずかにでも、微笑みと呼べるような表情を浮かべたのを、家康は初めて見たのだ。それが自分の行動に呆れ果てた末なのだとしたら、例えどれほど嫌がられようと、あの男にとっては馬鹿としか思えないような真似をし続けてやろう。
家康は、三成にとっては傍迷惑としか言いようがない決意を固めた。
そうして、もしかしたら、このまま。
家康はそんな夢を見た。
潰えるさだめと知らずして、そんな夢を見たのだ。