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いつまでも醒めない夢を見ている

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 灰色の厚い雲が空を覆っていた。まもなく雨を運んでくるのだろう。その重い空を見上げ、月も星も見えない、と姉姫がおぼつかない声で言う。
 なぜなのか、星空を見たいのだと珍しく駄々をこねた。
 夜の気は妖しく身体には障るのですよ、と、ふっくらとしたお乳の人は姉姫をなだめていたが、姉姫は聞かなかった。
 顔すら知らぬ母の代わりの、優しい乳母の言葉にも耳を貸さずに一度見た夜の、月の美しさに幼い子の心は奪われていた。
 誰だろう、あれが月の船だと教えてくれたのは。過ぎた世も来の世も、とつぜんあらわれるのに、我が身の幼い頃の記憶はおぼろげだ。
 お乳の人の目を盗み、館を抜け出た。幼子の足では大して歩けない。せいぜい神殿の手前の斎庭までだったろう。今は誰もいない神殿は、あかりのひとつもなかった。月も星もなく、ただ闇が拡がっている。その中にいると、奇妙な感覚を覚えた。この世に、まるで自分と姉姫のたったひとりしかいない。今、手を握っている、姉姫だけが。
「さむいね、オトヒメ」
「そうね、エヒメ」
 ほお、っと息を吐くと白く濁った。寒さに身震いをした。まもなく、若い巫女たちに見つかってしまった。
 幾重にも、綿の詰まった布を敷き詰められた温かい臥所に、身体を寄せ合った。冷えたからだでは、なかなか寝付けず、いつまでもお喋りをした。囁き事。無邪気な姉姫は、昼間見た佐保の美しい景色をうっとりと思い出しながら、耳元でくすくすと囁きあう。それはたわいのない、昔話のようだった。
 幼い子供の心には、目にした姿、佐保だけが全てであり、手にふれる姉妹の姫だけが唯一大切なものだった。周りの大人たちの、愛しむような視線の中に、あわれみや、懼れのようなものが含まれているとは感じず、ただぬくぬくとくるまれているのだけを感じていた。
 そんな穏やかな語らいながら、まどろみに入ろうかというとき、不意に雷の音が耳の奥に響いた。全てを切り裂くような音に、私はおびえて身体を起こした。それに気付いたのか、姉姫は、浅い眠りから目覚めたように、はっと目を覚ました。
 折しも、雨の降り始める気配が濃くなっている。ならば先程の幻影は―――。
 おびえるわたくしとは違って、姉姫はきょとんとしていた。聞こえなかったの? わたくしは、姉姫に問うた。姉姫はゆるゆると首を振った。