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君と寒空の下

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寒い寒いと思っていたら、雪が降ってきたようだ。
帝人は空を見上げて、暗い雲から舞い落ちる白銀を目で追う。ひゅうと通り過ぎてゆく北風はひどく冷たく、頬がじんじんと痛むようだった。
凍える指先に息を吹きかけて、帝人はもう何度も見直した携帯メールの画面をもう一度開く。


明日、○○駅で。


ただそれだけの簡素な文字列を、何度か丁寧になぞった。
メールの着信は昨日の深夜。明日と言うのがいつをさすのか非常に微妙なラインの時刻だったけれど、それでもギリギリ昨日の内に届いたのだから、差出人の性格を加味すれば今日であっているはずだ。帝人は朝起きてそのメールに気づいて、すぐに電車の経路を検索したのだが、それにしてもここまで遠方とは思わなかった。
無視しようか、行こうか。
迷ったのは一瞬で、次の瞬間には立ち上がっていた。クローゼットから冬物のコートとマフラーを出したのは、目的地が北だったからだが、今は後悔している。なぜ手袋も出さなかったのかと。
二両編成のローカル線がゆっくりとホームに滑り込んで、帝人はその前のほうの車両にもったいぶって乗り込んだ。二時間に一本しかない電車なのに、乗客は帝人のほかに片手で数えるほどしかいない。車内に足を踏み入れると、がんがんに暖房を聞かせた熱風がふわりと帝人の頬をなでた。空気は大分乾いているようで、自販機のお茶を買っておいてよかったな、と息を吐く。
扉の開閉ボタンを押して締め切らなくては風が冷たい。帝人は手持ち無沙汰にふらりと座席の端に座って、ぼんやりと出発を待った。目的地は、ここからさらに一時間ほどかかる無人駅だ。
折原臨也の逃亡癖について、帝人はすでに諦めの境地に居るのかも知れなかった。こんなふうにふらりと居なくなっては、帝人に探しに来いとねだることを、すでに片手では足りない回数繰り返している。
最初は「帝人君の生家を見てみたかった」といって埼玉の実家付近へ。次は、海が見たいと言って千葉の房総半島あたりだったろうか。その次は山梨、そして京都。大阪、長野、四国、南へ下っているのかと思えば今度は東北だ。あとからきっちり臨也から旅費をぶんどるからいいものの、これが自腹だったら今頃帝人は飢え死にしている。
まあでも、と帝人は、曇った窓ガラスの向こうを見つめながら考えた。
多分そうなる可能性があったとしても、帝人はやっぱり彼を探しただろう。どうせ死ぬなら臨也を巻き込んで、と物騒なことを考える。そうでもなきゃ、あの人と恋人なんてやってられない。
出発を知らせるアナウンスが車内に響いて、電車はごとごとと音を鳴らしながら雪の中を動き始める。鉄道マニアらしき二人組がその風景を窓を開けて撮影していたが、直に寒さに耐えられなくなったのか室内からの撮影に切り替えていた。対面の窓ガラスごしに、大粒の白い雪がぼたぼたと降り続いている。臨也はどうしてこんなところにきたのだろうか、と考えて、すぐに分かるわけがないとその疑問を放り投げた。
帝人に今出来ることは、切符を弄びながら、臨也がこの雪の中外に居なければいいけど、と恋人らしく心配してあげること位だ。ああでも、それも無駄なこと。
待っているのだろうなあ。
帝人は音を立てて車内に吹き込む熱風を感じながら、窓の外の雪景色の温度について考える。きっと埼玉と東京でしか暮らしたことのない帝人には想像できないほど冷え込むのだろう。ついさっき電車に乗り換えた駅のホームも、身を切るように冷たい風が吹いていた。そんな中でさえ、きっと臨也という男は。
待っているのだ、帝人が、迎えに来るのを。ただひたすらに。
それだけは、分かっている。
遠くの山が真っ白に雪化粧して、ところどころにのぞく民家からは温かそうな明かりが漏れている。すでに時刻は午後四時を回っていて、天候もあいまってあたりはだいぶ暗い。このままではあと一時間もしたら、すっかり真っ暗だろうなと、帝人は重いため息を落とした。極寒の大地で帝人だけを待ちながら立ち尽くしているであろう男のことを考える。凍死してなきゃいいな、とか、ホッカイロ買っておくんだった、とか。もしかして死んでたらどうしよう、とか。
せめてもっと近場だったらよかった。それか、交通の便の良い所。だって二時間に一本の電車にのるために一時間の暇を持て余すなんて、都会じゃありえない。実家のある埼玉の田舎だって、電車はそれなりに通っていたというのに。
ローカル線はのんびりと、のろのろ世界をスライドさせる。帝人は次々に移り変わる景色をただぼんやりと見つめながら、一体、臨也は何がしたいのだろうということについて考える。
遠くへ行って、迎えに来てと乞うて。
そうして迎えに行けば、ほっとしたように息をついて会いたかったと言うその口唇を思い出す。どうしてあの男は、そうまでして帝人を試そうとするのだろう。あんな面倒な人、好きじゃなきゃとっくに見捨てている。それくらい臨也だって理解できるだろうに。
ああでも、それでも。
帝人を目にした瞬間の、あの、安堵が広がる臨也の顔を。
帝人は存外、気に入っていて。
だからどれだけ遠くに逃げられても追いかけてしまう。自分を試そうとする行為を許してしまう。本当ならこれは、帝人を信じないなんて酷い男だと臨也をなじっていい場面なのに。
乗り降りもまばらな電車の中で、寄りかかる窓ガラスはひやりと冷たい。だらだらとガラスを伝う水滴が帝人の頭を濡らして、辛うじてその冷たさに冷静で居られるような気がした。
雪はぼろぼろと降っている。
賭けてもいい、臨也はこの雪の中、外にいる。




指定された駅は、プレハブ小屋のような小さな無人駅だった。
降りる人間は帝人一人で、そもそも電車にのっている人間も一桁なのだが、それでも寂しさに拍車がかかる。一面の白い銀世界、のはずだが、あいにくと暗くて街灯の光が頼りだった。ふみ出せば、さくっと雪の音がする。
「・・・ああ、やっぱりね」
頭を抱えたくなるほど予想通りに、臨也は外にいた。一応駅という名の小屋があるんだから中に入ればいいのに、ご丁寧に軒先にうずくまるように座り込んで、その頭に雪まで積もらせている。膝を抱えるような格好で顔を伏せているので寝ているのか起きているのか分からないが、ここはお約束に「寝たら死ぬぞ」とでも言うべきか。
考えたのは一瞬で、それから大きなため息が漏れた。ぴくりと、黒いコートを握り締めていた手のひらが動いたのを、見逃すほど間抜けでもない。
さく、さく。踏みしめる大地は軽快に音をたてる。あしあとを残すのも、こんな場面でなければきっと楽しかっただろう。マフラーを乱暴に剥ぎとって、バサリとその黒い頭にかぶせてやれば、臨也は小さく帝人の名前を呼んだ。
凍死はまぬがれたらしい。よかった、死なれたら困る。文句が言えない。
「・・・永遠の眠りでもご所望ですか、臨也さん」
「・・・まさか、君を残して死ねないよ」
答える声は酷く震えていて、のっそりと顔を上げた臨也の顔色は蒼白だ。馬鹿だ。けれどもその目を細めて、泣き出す寸前のように歪み、安堵の息を吐き出すその顔が、たまらなく愛しい。
帝人はその頬に手を伸ばす。
氷のように冷たい、という比喩は、的確なものだということを実感として知る。
「帝人君、さあ」
作品名:君と寒空の下 作家名:夏野