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君と寒空の下

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がたがたと震えながら、それでも臨也は引きつった笑いをその顔に乗せて、バカの一つ覚えのように毎回同じセリフを言うのだ。
「「お人好しって言われない?」」
先取りしてやろうと口にした帝人の声と、臨也の声はぴったりと重なり。
「・・・って、もう、聞きあきたんですけど」
帝人の苦言に、臨也は、ただ大きく息を付いた。
お人好しだなんて、そんなことを言う奴は、帝人の何たるかを知らない人間だけだ。少なくとも帝人をよく知る人間なら、決してそんな言葉を向けはしないだろう。
「何度も言わせないでくれませんか、臨也さん。とっくに知っているはずでしょう」
努めて冷静を装うとした声は、帝人の意志に反して小さく震えて、帝人は忌々しさに舌打ちをこぼしそうになるのを辛うじて飲み込む。この動揺も、きっと臨也には筒抜けなのだと思うと腹がたつので、せめて顔だけは余裕を装うとしたけれど、きっとひきつっているだろう。
「僕は、どうでもいい人間相手にお人好しになんかなりません」
臨也じゃなかったら、こんなところまで来てやらないのに。
分かっているくせに。
冷たい頬をゆっくりと撫でて、立ち上がらない臨也の頭をぎゅっと抱きよせた。まるで雪だるまでも抱いているように冷たくて、はっきり言えばかなり不快なのだが、それでも手放そうとは思えない。
人間って何度まで体温が下がったら死ぬんだっけ、と考えていると、臨也が小さく笑う気配がした。
「俺も、いい加減、さあ」
冷え切った喉を震わせ、臨也は、くぐもった声で帝人にささやく。
「覚悟しなきゃなんないよなあ、って」
「あきれた。あなたまだ覚悟してなかったんですか」
「そう言わないでよ、俺のほうが八年も先に生まれてるんだよ?君より八年分、長い時間を歩いてきたんだ。その道を踏み外すのに、ためらいがないわけないでしょ」
「愛が足りない」
「・・・俺の愛は重いよ?」
「重量より質量がほしいです」
「帝人君に窒息死する覚悟があるなら、いくらでも」
軽口をたたき合って、やがてそろそろと臨也が身動きするので、帝人は素直にその手を差し伸べてあげた。普段着のままの臨也が、いかにも寒そうに首をすくめ、帝人のマフラーを巻き直してから手を取る。
よろけながら立ち上がったと思えば、そのまま、帝人をだきよせた。その腕には普段のように力が入らないようで、だから帝人は仕方が無いので、自分からぎゅっと抱きついてあげる。臨也はもっと、自分の優しさに感謝すべき。そんなことを思いながら、それでもたしかに聞こえる心臓の音に、これ以上無い安堵を覚えたりして。
「・・・一緒に窒息してくれるなら、それで死んでもいいですよ」
臨也の胸の中で答えた言葉は軽く、それでも紛れもない本心だった。うん、と答える声も軽く、それでも紛れもない肯定だった。一体どこのメロドラマだろう、雪の中抱き合う恋人同士だなんて、現実逃避のようにそんなことを考えて、帝人はもう一度臨也を抱き締める腕に力を込める。
「寒くないんですか」
「感覚、無い」
今立っていられるのが不思議なくらい、と返答が返って、帝人は苦笑するしか無かった。ばかだなあと思うほど、愛しさも増して、それは自分の悪癖だと思う。
いつから待っていたのか聞きたかったけど、やめておいた。
多分想像通りだ。
「雪原、は」
震える声を紡ぐ臨也が、帝人の肩に額を押し上げてつぶやく。
「本当に、まっさらな雪原は、青いんだってさ」
「・・・影が?」
「かなあ、わかんないけど」
見たことある?と問われて、いいえと素直に首を降る。というか池袋に出るまで地元から出たことさえ無かったのに何を今更尋ねるのか。
「俺は、さ、そういう話聞くたび、思うんだ。なんで俺と君は、もっと早く出会わなかったんだろう、って」
「早く、ですか?」
「そしたら、君をあの狭い箱庭から、攫って外を見せるのは、俺の役目だったと、思うんだよね」
少し、感覚が戻ってきたのだろうか。抱き締める臨也の腕に力がこもったので、帝人はおとなしくその胸に擦り寄った。どこもかしこも冷え切ったその体からは、それでもちゃんと臨也の匂いがする。
「・・・もしかして、いつもふらっと居なくなるの、って、そういうことですか」
「・・・俺、単純でしょ」
吐く息が、白い。
夜の闇にふわりと浮き上がって、あっという間に消えてゆくその白を目で追いながら、この人は本当にばかだなと帝人は思う。
馬鹿で、なんて、愛しいんだろう、と。
「見たことのない世界が、見たいんだ」
震える声は、低く、甘く。


「君と俺が、等しく初めて見る景色を、見たいんだ」


帝人はたまらなくなって息を飲み、それからもう一度、今度は思いっきり力を込めて臨也を抱きしめた。
「臨也さん」
「そんな事でしか、君と世界を共有できない」
「臨也さん・・・っ」
「俺は!」
冷たい世界の中で、降りしきる雪に埋もれながら、臨也の体温は低いのに、それでも確実に、二人の間に生まれる、熱が。
「俺は、っ!君と俺の間に積み上がる八年という壁に、どうやって打ち勝てばいい!?時間ほど無敵なものなんか他にない。じゃあ、君と重ならなかった時間を、俺の空白を、どうやって・・・っ」
同じ制服を着て、同じ授業を受けて、同じ窓からの眺めを見ることもない。それならこの思いをどうすればいい、と臨也は言う。
この、君を囲む全ての世界に嫉妬する、この心を満たすには。
こんな方法しかないじゃないか、と。
「帝人君が誰とも共有したことのない世界がほしい」
例えば青い雪原だとか、降りしきる雪を染める夜だとか、極限まで冷たい空気の中を抱き合う体温だとか。
なにかそういうものを。
「君と俺とふたりだけの世界がほしい」
他に何も入り込む要素のないほどの、ふたりぼっちがいい。
「俺が望んでいるのは、それだけだよ」
降り注ぐ雪は、ぼたぼたと水分を含んで冷たく、臨也と帝人の髪を濡らし、コートに積もり、温度を下げて。
「臨也さん」
ああ、どうしよう。
帝人はただ、吐き出された臨也の激情に、泣きたいくらいもどかしくて、その髪を引く。
「顔、上げて、臨也さん」
「・・・やだよ、今すごい情けない顔してる」
「キスして」
「・・・っ」
がばりと帝人の肩から顔を起こした臨也が、悔しいような嬉しいような、いろんな感情の混ざり合った複雑な表情で帝人を見据えて。
ああ、ほんとうに、どうしよう。
「・・・本当に、馬鹿ですよね臨也さんは」
「帝人君」
「だったら最初から、二人で一緒に家を出て、二人で一緒に逃げればいいのに」
どうして一人で先に来てしまうんですか、と尋ねたら、臨也はぎこちなく眉を寄せ、断られたら悲しいじゃない、と本気とも冗談とも判断できない口調で答える。
馬鹿だなあ、ともう一度改めて思って、帝人はその濡れた髪に触れ、水もしたたるいい男ってこういう事を言うんだなあと見当はずれのことを考えながら、その首に腕を回した。
背伸びをして、眼を閉じる。
次の瞬間、触れた唇は冷たかったけれど。
吐息は、熱く。



僕の馬鹿と愛してるは同じ意味です、なんて。
絶対に言ってあげないと今決めた。
作品名:君と寒空の下 作家名:夏野