パリは今日も晴れ
パリは今日も晴れ
飛行機に乗っている間はあまり感じなかったけれど、空港に降り立つと一気に「外国に来た」という感じがして緊張する。
日本から乗り継いでおよそ12時間。
とうとう来てしまったフランス。まだ実感がわかないけど。
聖司先輩から唐突に飛行機のチケットが送られてきたのが1週間前。
「6ヶ月のオープンチケットだから、その期間で暇ができたらいつでも使っていい」
なんて言ってたけど、ちょうど大学の冬休みに合わせて送ってこられるとすぐに来いって言われてるようなものだ。
「えーっと…ここからパリまでタクシーに乗ればいいんだよね…」
日本を発つ前にパリへの移動方法を先輩から聞くと「絶対にタクシーに乗れ」というお達しを受けてしまった。
タクシーだと運転手に住所を見せればそこまで必ず移動してくれるらしい。
バスも地下鉄もあるならそっちを使いたかったのだけど、「気になって仕事に支障をきたすと困る」だって…。
そんなに私、信用されてないんだろうか。
そんなこんなで急に渡仏することになったのだけど。
慌ただしく準備している最中に電話で本当は迎えに行きたかったんだが、と先輩に謝られて少し驚いてしまった。
先輩はいつだって俺様で、フランスに行っても不遜な態度には変りがないんだろうとてっきりそう思っていたから。
内心、私が来ることを少しは喜んでくれているのかな、と思うと嬉しくなってしまう。
先輩に言われた通り、タクシーに乗ってメモしたアパルトマンの住所を見せると陽気な運転手は手でOKの合図をして車を発進させた。
タクシーの窓から街並みを見るとやっぱり日本とはまるで違う風景でフランスに来た実感がどんどんわいてくる。
中世の建築物が多いのかと思ったけど、意外に緑も多くて散歩できそうな並木道も沢山あった。
パリに居る間にセーヌ川の遊覧船には乗りたいなぁ、先輩に一緒にって言ったら嫌がられるだろうか。
もしかすると「人が多いところは無理」って言われるかもしれない…。
風景を眺めながらぼーっと考え事をしているとあっという間に住所に辿り着いてしまった。
トランクからスーツケースを出してもらい、運転手にチップを渡す。
「め、メルシ、ムッシュ…」
私のヘタクソなフランス語にも愛想よく笑いながら「bon voyage mademoisellle!」と言って手を振ってそのまま別れた。
マドモアゼル…って普通に使うんだ…と小さな感動を味わう。これ、先輩に報告しなきゃだな。
住所のメモを片手にアパルトマンのインターホンを押す。
なんだか妙に豪奢でアパートっていうよりホテルみたいで緊張する。
『Allo?』
「あ!アロー!えと、美奈子です。」
『……なんだ早かったな。待ってろすぐ降りる』
はぁい、と返事をする間もなくインターホンの通話は途切れ、すぐに聖司先輩が門まで現れた。
2ヶ月ぶりの先輩…とじっくり観察する暇もなく、スーツケースを引っ張られた。
そのまま早足でどんどん中に入っていく先輩を追うのに必死だ。
2ヶ月ぶりなのに後頭部しか見れてないなんてなんだか残念のような、嬉しいような…。
「お前のことだから空港でウロウロ迷ってるかと思ったぞ」
「……ちゃんと先輩の言うとおりにメモ見て行動したから、すんなり着きました」
「フン、まぁお前にしちゃ上出来か、そこ階段急だから気をつけろ」
結構重いスーツケースでもひょいと持ち上げて運ぶ様を見ると華奢に見えてやっぱり男の人だなぁと思う。
というか、ピアノを弾く大事な手なのに荷物運びなんかさせていいんだろうか…ちょっと不安になってきた。
「ここだ」
着いた先の部屋に入ってまず目に飛び込んできたのが大きなグランドピアノ。
それから横に詰まれた楽譜の山。
あとはガランとしてあまり生活感がなく殺風景にも見えた。
「…意外に…質素ですね?」
「意外にって何だ意外にって。どういうのを想像してたんだ、お前」
「もっとこう、お城みたいなお屋敷かなぁって…ほら、ベルばらみたいなー…」
「お前相変らず意味が分からないこと言うな…俺1人とピアノだけあればいいんだからこれくらいの部屋でちょうどいい。広いと管理が面倒だ」
そっとグランドピアノに触れる。
日本の設楽先輩の部屋にあったピアノと同じスタインウェイだけど、部屋の雰囲気のせいで違うもののように見えてくる。
「悪いがこれから、仕事が入ってる。夕方には戻るから外で食事でもしよう。鍵はこれ、部屋にあるものは勝手に使ってくれていい」
そう早口で言いながら身支度を整えると、聖司先輩はさっさと部屋を出て行ってしまった。
パタン、と玄関のドアが閉まる音がなんとも物悲しい。
ぽかんとしてその場に突っ立っていたけれど、そのうちだんだんと腹が立ってきた。
「……先輩のバカ」
1人でこんなパリに居たって全然楽しくない。
こんなに忙しいならやっぱり来なければよかったのかな、と今度は悲しくなってくる。
夕方って何時なんだろう、と腕時計を見るとまだ日本時間に合わせていたのに気付いて時計を外す。
携帯でフランスの時刻を調べて時計を合わせる。
2時半かぁ、夕方ってきっと5時とか6時ってことかな。いまから3~4時間…暇だし散歩でもしようかなぁ。
そう思いながらソファに横になる。
あ、だめだ、なんだか眠くなってきた…。
ぼんやりと薄目でピアノを見やる。
そういえば聖司先輩の部屋でも私がソファでうたたねし始めるといつも必ず同じ曲を弾いてくれてたっけ。
あの曲、なんていう曲なんだろう…先輩が帰ってきたら聞いてみよう。
睡魔に抗えず、目をつぶるとそのままゆるゆると眠りに落ちた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「おい、起きろ」
「……ん、んんー……」
「美奈子」
「…!?あ、お、おかえりなさい…?」
寝起きの顔もまぁ可愛くないこともないけど、やっぱり寝ている時の顔がいいな、とちょっと思ってしまったのは秘密にしておこう。
少し早く仕事が切り上げられたので、急いでアパルトマンに戻ると、待ち人は呑気にソファでうたたねをしていた。
暖房を付けっぱなしで出たのは正解だった。そのまま何も上にかけずに眠りこけていたら風邪をひかせてしまうところだった。
「って…あれ…先輩いつ帰ってたんですか?」
「4時前だな。思ったより早く済んだ」
寝ぼけ顔だったのがだんだんと覚醒しているようで、瞳の色がさっきより濃くなったような気がした。
横に座ると彼女の緊張が伝わってこちらまで緊張する。
「すぐ起こしてくれてよかったのに……」
「あんなぐっすりぐうぐう寝られると起こすのも申し訳ない気がしたからな」
「……先輩趣味悪いです」
頬を赤くしてぶすくれた顔はおもしろくもあり、可愛くもある。
2ヶ月で何か変化があるわけもないけど、変らなさすぎて逆に安心した。
髪は少し伸びた気がするけど。
そう思いながらふっと無意識に髪を撫でると、美奈子がビクリと体を揺らした。
2ヶ月ぶりだからこの反応もしょうがないとは思うが…ちょっと面白くない。
「…怖いか?」
「こっ、こわいというか、なんというか…」
飛行機に乗っている間はあまり感じなかったけれど、空港に降り立つと一気に「外国に来た」という感じがして緊張する。
日本から乗り継いでおよそ12時間。
とうとう来てしまったフランス。まだ実感がわかないけど。
聖司先輩から唐突に飛行機のチケットが送られてきたのが1週間前。
「6ヶ月のオープンチケットだから、その期間で暇ができたらいつでも使っていい」
なんて言ってたけど、ちょうど大学の冬休みに合わせて送ってこられるとすぐに来いって言われてるようなものだ。
「えーっと…ここからパリまでタクシーに乗ればいいんだよね…」
日本を発つ前にパリへの移動方法を先輩から聞くと「絶対にタクシーに乗れ」というお達しを受けてしまった。
タクシーだと運転手に住所を見せればそこまで必ず移動してくれるらしい。
バスも地下鉄もあるならそっちを使いたかったのだけど、「気になって仕事に支障をきたすと困る」だって…。
そんなに私、信用されてないんだろうか。
そんなこんなで急に渡仏することになったのだけど。
慌ただしく準備している最中に電話で本当は迎えに行きたかったんだが、と先輩に謝られて少し驚いてしまった。
先輩はいつだって俺様で、フランスに行っても不遜な態度には変りがないんだろうとてっきりそう思っていたから。
内心、私が来ることを少しは喜んでくれているのかな、と思うと嬉しくなってしまう。
先輩に言われた通り、タクシーに乗ってメモしたアパルトマンの住所を見せると陽気な運転手は手でOKの合図をして車を発進させた。
タクシーの窓から街並みを見るとやっぱり日本とはまるで違う風景でフランスに来た実感がどんどんわいてくる。
中世の建築物が多いのかと思ったけど、意外に緑も多くて散歩できそうな並木道も沢山あった。
パリに居る間にセーヌ川の遊覧船には乗りたいなぁ、先輩に一緒にって言ったら嫌がられるだろうか。
もしかすると「人が多いところは無理」って言われるかもしれない…。
風景を眺めながらぼーっと考え事をしているとあっという間に住所に辿り着いてしまった。
トランクからスーツケースを出してもらい、運転手にチップを渡す。
「め、メルシ、ムッシュ…」
私のヘタクソなフランス語にも愛想よく笑いながら「bon voyage mademoisellle!」と言って手を振ってそのまま別れた。
マドモアゼル…って普通に使うんだ…と小さな感動を味わう。これ、先輩に報告しなきゃだな。
住所のメモを片手にアパルトマンのインターホンを押す。
なんだか妙に豪奢でアパートっていうよりホテルみたいで緊張する。
『Allo?』
「あ!アロー!えと、美奈子です。」
『……なんだ早かったな。待ってろすぐ降りる』
はぁい、と返事をする間もなくインターホンの通話は途切れ、すぐに聖司先輩が門まで現れた。
2ヶ月ぶりの先輩…とじっくり観察する暇もなく、スーツケースを引っ張られた。
そのまま早足でどんどん中に入っていく先輩を追うのに必死だ。
2ヶ月ぶりなのに後頭部しか見れてないなんてなんだか残念のような、嬉しいような…。
「お前のことだから空港でウロウロ迷ってるかと思ったぞ」
「……ちゃんと先輩の言うとおりにメモ見て行動したから、すんなり着きました」
「フン、まぁお前にしちゃ上出来か、そこ階段急だから気をつけろ」
結構重いスーツケースでもひょいと持ち上げて運ぶ様を見ると華奢に見えてやっぱり男の人だなぁと思う。
というか、ピアノを弾く大事な手なのに荷物運びなんかさせていいんだろうか…ちょっと不安になってきた。
「ここだ」
着いた先の部屋に入ってまず目に飛び込んできたのが大きなグランドピアノ。
それから横に詰まれた楽譜の山。
あとはガランとしてあまり生活感がなく殺風景にも見えた。
「…意外に…質素ですね?」
「意外にって何だ意外にって。どういうのを想像してたんだ、お前」
「もっとこう、お城みたいなお屋敷かなぁって…ほら、ベルばらみたいなー…」
「お前相変らず意味が分からないこと言うな…俺1人とピアノだけあればいいんだからこれくらいの部屋でちょうどいい。広いと管理が面倒だ」
そっとグランドピアノに触れる。
日本の設楽先輩の部屋にあったピアノと同じスタインウェイだけど、部屋の雰囲気のせいで違うもののように見えてくる。
「悪いがこれから、仕事が入ってる。夕方には戻るから外で食事でもしよう。鍵はこれ、部屋にあるものは勝手に使ってくれていい」
そう早口で言いながら身支度を整えると、聖司先輩はさっさと部屋を出て行ってしまった。
パタン、と玄関のドアが閉まる音がなんとも物悲しい。
ぽかんとしてその場に突っ立っていたけれど、そのうちだんだんと腹が立ってきた。
「……先輩のバカ」
1人でこんなパリに居たって全然楽しくない。
こんなに忙しいならやっぱり来なければよかったのかな、と今度は悲しくなってくる。
夕方って何時なんだろう、と腕時計を見るとまだ日本時間に合わせていたのに気付いて時計を外す。
携帯でフランスの時刻を調べて時計を合わせる。
2時半かぁ、夕方ってきっと5時とか6時ってことかな。いまから3~4時間…暇だし散歩でもしようかなぁ。
そう思いながらソファに横になる。
あ、だめだ、なんだか眠くなってきた…。
ぼんやりと薄目でピアノを見やる。
そういえば聖司先輩の部屋でも私がソファでうたたねし始めるといつも必ず同じ曲を弾いてくれてたっけ。
あの曲、なんていう曲なんだろう…先輩が帰ってきたら聞いてみよう。
睡魔に抗えず、目をつぶるとそのままゆるゆると眠りに落ちた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「おい、起きろ」
「……ん、んんー……」
「美奈子」
「…!?あ、お、おかえりなさい…?」
寝起きの顔もまぁ可愛くないこともないけど、やっぱり寝ている時の顔がいいな、とちょっと思ってしまったのは秘密にしておこう。
少し早く仕事が切り上げられたので、急いでアパルトマンに戻ると、待ち人は呑気にソファでうたたねをしていた。
暖房を付けっぱなしで出たのは正解だった。そのまま何も上にかけずに眠りこけていたら風邪をひかせてしまうところだった。
「って…あれ…先輩いつ帰ってたんですか?」
「4時前だな。思ったより早く済んだ」
寝ぼけ顔だったのがだんだんと覚醒しているようで、瞳の色がさっきより濃くなったような気がした。
横に座ると彼女の緊張が伝わってこちらまで緊張する。
「すぐ起こしてくれてよかったのに……」
「あんなぐっすりぐうぐう寝られると起こすのも申し訳ない気がしたからな」
「……先輩趣味悪いです」
頬を赤くしてぶすくれた顔はおもしろくもあり、可愛くもある。
2ヶ月で何か変化があるわけもないけど、変らなさすぎて逆に安心した。
髪は少し伸びた気がするけど。
そう思いながらふっと無意識に髪を撫でると、美奈子がビクリと体を揺らした。
2ヶ月ぶりだからこの反応もしょうがないとは思うが…ちょっと面白くない。
「…怖いか?」
「こっ、こわいというか、なんというか…」