パリは今日も晴れ
赤い顔でしどろもどろに答えるのを見ると急に愛しく感じる。
髪を撫でながら毛先までするっと梳くと、上目遣いで見つめ返された。
大きな濡れた瞳がこちらを向くとドキッとする。
「髪、伸びたな。伸ばすのか?」
「へ?あ、まだ分かんないですけど…あの…」
「…ん?」
「先輩は髪は長いのと、短いのと、どっちが好きなんですか?」
ふとそんな他愛もないことを質問されて戸惑ってしまった。
正直に言えば長いのも短いのもあまり関係なく、彼女の雰囲気にあっていればどんな髪型でもいいとは思うけど。
「べつにどっちでもいい。似合っていればそれで」
「そ、…ですか。あーじゃ、ちょっとだけ伸ばそうかなぁ…」
あはは、と大袈裟に笑いながらふいとそっぽを向いている。
明らかに目線を合わせないようにしているのがバレバレだ。
「…おい」
「は、はい!?」
「人と話をするときは目を見て話すのが普通だろ」
「…う、えっと…」
もごもごと言い訳を並べながら、チラリとこちらを見てまたふいっと視線をずらされる。
この状況は変におあずけをくらっているようで焦れる。
「いいから、こっち向け」
「ええっ、や、その…」
美奈子の肩をぐっと捕まえてこちらを向かせる。
せっかくの久々の逢瀬だというのに顔もまともに見れていない。
さっき急いで家を出たのはさっさと仕事を切り上げたかったのが建前。
じっくりとこいつの観察なんかしてたら離れがたくて仕事どころでなくなりそうだった…というのが本音だ。
絶対にこいつには言わないけど。
「先輩」
「何だ」
「…顔、赤いですよ?」
「…うるさい。お前のがうつったんだ。全部お前が悪い。変に緊張したりするから」
お互いに久しぶりの再会で妙な照れが入ったのを知ったからだろうか、美奈子はいつもの気の抜けた笑顔でえへへと笑ってみせた。
ああもう…無防備にそんな顔をされると歯止めがききそうになくてヒヤヒヤするから勘弁してほしい。
「…なぁ、こういう久々の恋人同士の再会で何かやることがあるだろ?」
「やっ、やることって!先輩真昼間から何考えてるんですか!?いやらしい!」
「はぁ!?いやらしいのはお前の頭の中だろうが!俺が言ってるのは、その…キスしたりハグしたりするもんじゃないのか、こういう時は」
取り乱して騒いでいた美奈子が俺の言葉を聞いてきょとんとしている。
思ってもみなかった、とでもいいたげな表情だ。
「…もういい。嫌ならしない」
「い、嫌じゃないです!したいです!すごくっ!」
そんなことを言いながらぎゅっと腕を握られるといちいちバカみたいだけれどドキッとした。
近付かれるとどこかで嗅いだことのある甘い匂いがして、そういえば今年の誕生日には似合いそうな香水を贈ったのを思い出す。
律儀に使ってくれているのかと思うとじんわりと嬉しくなる。
「…もっと、こっち。よく顔を見せろ」
赤くなった頬にそっと手を添えて、額にキスをする。
そのままぎゅっと抱きしめると美奈子がおずおずと手を回してきて抱きあった。
小さい肩、細い腰。ふんわりと暖かくて重みのある体。想像していたよりもその小さな体の存在感に驚く。
抱き合うといつまでもこうしていたくて離れがたい。
やっぱり早めに仕事を切り上げたのは正解だった。
「せんぱい…」
「…ん?」
「寂しかったですか?私に会えなくて」
「…言わなくても分かるだろ。バカ」
「でも、聞きたいです。先輩の口から」
抱き合っていた体を起こして美奈子と顔を合わせる。肩に手を回して彼女のまつげが当たりそうなぐらい顔を近づけた。
「…会いたかった。お前に会いたくて…気がおかしくなりそうだった…」
そう言い終わらないうちに唇にキスをする。
最初は触れるようにだんだんと深く。
キス一つでこんなに夢中になっている自分が恥ずかしく思ったけれど途中でやめられそうになかった。
美奈子が唇を離す度に小さく喘ぐその声にすら欲情してしまう。
そのまま押し倒してしまいそうになったその時、「ぐう」とタイミングよく腹の虫が鳴った。
「…お前なぁ……」
「…う…ごめんなさい…」
真っ赤な顔で俯く美奈子を見ていると笑いがこみあげてくる。
さすがというか何と言うか。
「…せんぱい~笑わないでくださいよ…」
「…いや、悪い。ていうかやっぱりお前面白いな」
唇をとんがらせて膨れっ面で「もう!」と言いながら抗議する姿も愛しくて。
こういうの全部ひっくるめて好きだな、と思う。
「はー笑ったな。食事、しに行くか」
「…高級フランス料理とか私食べ方わかんないですよ?」
「そんな格式張ったところじゃないから安心しろ」
ソファから立ち上がり手を差し出す。
美奈子がふわりと笑って俺の手を取った。
さっきまで膨れっ面だったのが笑顔になったり、照れたり。
ころころと表情が変わる様を見ていると本当に飽きない。
「外、寒いからコートとマフラーつけろよ。」
「はぁい。」
二人で身支度をすると部屋を後にした。