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回帰Ⅱ

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その一報を最初に受け取ったときはンな大げさなと高をくくっていたが、実際に病室に立ってみて初めてシーザーは実感を得た。祖父は、死の間際だった。
「思い残すことは何もない。我が策はすでに成った」
「ここに至ってまだそんな話か。わが祖父ながらあっぱれだぜ、レオンじいちゃん」
 シーザーは腕を組んで、病床の老躯に呆れたような笑みを向けた。幼い頃は大きな岩のように映っていた祖父の体。今では小さくなったなとさえ思う。シーザーはもう30才手前だ。気づかなかったが、祖父もずいぶん年をとったのだ。
 レオンは深く刻まれた顔のしわをクッと寄せて、そこだけ少年のような瞳でシーザーを見上げる。元は緑だった、白く濁った双眸。
「私の最高の策とはお前たちだ。世界にとってこれ以上ない置き土産だろう」
「……あんたにゃかなわねぇな」
 一週間後、レオンは死んだ。



 
 葬儀は大層なものだった。赤月帝国やハイランド王国の軍事顧問を歴任した超一流の軍師だったから、弔問客だけで教会はパンク寸前になったほどだ。
 シーザーは家人と共に、葬儀を取り仕切るため奔走し、偉大なる祖父が死んだという哀惜に暮れる暇もなかった。
 ようやく一息つけたのは、一日目の葬式が終わった夜だった。明日は昼から出棺し、埋葬の儀があるから、また忙しくなる。
 つかの間の休息に、シーザーは家人や使用人たちを労り、今日はよく休むように言いつけ、ひとり教会に残った。着慣れない黒い礼服のボタンを解放し、息を吐き出しながら、祭壇の前へ歩み寄る。
 棺の中では、たくさんの白い百合に囲まれて、祖父レオン・シルバーバーグが眠っている。肌の異様なまでの青白さをのぞけば、まるで本当に寝ているだけのようだ。今にも起きだして、何をしているシーザー、軍書は読んだのかと叱りつけてきそうだった。

「じいちゃん、年食ったなぁ」
 腰をおろし、棺のふちに腕と頭をのっけて、シーザーはまじまじと祖父の顔を眺めやった。きれいに清められた、シワだらけの顔。
 軍師としては冷血なる指揮官と呼ばれ、多くの戦場で何千何万という血を流してきた男だった。その非情さは敵味方関係なく振るわれ、一片の狂いもなく作戦を遂行し、軍師として当代右にでる者はなかった。
 シーザーが知ってるだけでも、たくさんの悲惨な戦場と死を生み出してきた男が、今こうして、静かな顔で、清純な花に囲まれ安らかに眠っているのが、どこかおかしかった。あまり祖父の交友関係など知らなかったが、今日の葬儀の弔問客を見ていると、意外に付き合いは広かったらしい。ハルモニアの諜報員だったナッシュ・ラトキエまで現れるとは思わなかった。
「あんた意外と、人望あったんだな…」
 シーザーにとっては、祖父は厳しく恐ろしい師だった。だけど確かに嫌いじゃなかった。祖父に連れられ、見知らぬ土地を見て回るのが好きだった。
 そのときシーザーといっしょに祖父のとなりにいた男は、結局、今の今まで姿を見せていないけれど。
「…………」
 最後の病室で、レオンは、お前たちが私の最高の策だといった。シーザーと、もうひとり。
 レオンはおそらく、そのひとりを、待っていたのだろう。口にはけして出さなかったし、態度にも見せなかったが、まちがいなくレオンは待っていた。そしてシーザーも、あいつはきっと来てくれると、心のどこかで思っていた。いくら薄情で恩知らずな奴でも、自分の祖父の死の間際ぐらい、看取りにきてくれるだろうと。

 だが来なかった。

「じいちゃんに似て、ほんと薄情モンだよなぁ、あのヤロー…」
 シーザーがあの男に最後に会ったのは、もう10年も前になる。
 英雄戦争終結後、姿を消していたくせに唐突になんの前触れもなくシルバーバーグの屋敷に現れ、そしてシーザーの目の前で、人外といっしょにまた消えてしまった。
 シーザーはあれから、大学を首席で卒業し、無名諸国を歩き回って見聞を深めながら、ある国で才能を請われ正軍師となって軍を指揮していた。シルバーバーグ家の当主を正式に継承するまでは、そうやって諸国を見て回るつもりだが、その間も、さまざまな土地で、あの男と人外らしき噂を耳にすることがあった。
 本当に当人だったかどうかは、突きとめていない。いずれ出会うことがあるなら、その時がくるだろうと、シーザーの方から積極的な接触を試みることはなかった。
 そんなことをしているうちに、祖父が死んだ。
 レオンはきっと、会いたがってたと思う。己の孫にして、シーザーの兄、アルベルト・シルバーバーグに。
 レオンにとって、アルベルトはお気に入りの遊び相手だった。遊びというのはこの場合、通常大人がやるより数倍複雑で難解な盤上ゲームだったり、過去の戦争を模した空想の戦略シミュレーションだったりする。
 アルベルトが生まれて最初に手にしたのは、おしゃぶりよりチェスの駒の方が早かった、というのがシルバーバーグ家お決まりのジョークだ。あながち嘘じゃないだろうなとシーザーは思っている。チェスはゲームであると当時に、科学でも芸術でもスポーツでもあると、レオンは生前よく言っていたものだ。




 レオンの棺を埋葬し、ひと月がたった。追悼式のために、シーザーは再びシルバーバーグ家に戻ってきていた。
 式は屋敷で近親者だけを集めてやることにした。葬儀の時のように、あまり大仰なことはやりたくなかったし、レオン自身、さほど儀式や体裁にこだわる人ではなかったからだ。
 追悼式が終わり、参会者でお茶を飲みながら談笑する中、シーザーはさりげなく家を抜け出して、レオンの眠る墓地へ向かった。
 小高い丘の上の、きれいに整備された庭園の一画が墓地になっている。街が一望できる、見晴らしのいい場所だ。軍師だった祖父にとっては街が戦略図に見えることだろう。世界を俯瞰する軍師の視界だ。
 百合の花束を肩にかつぎ、庭園を抜けると、整然とならんだ墓石が見えてくる。一面の緑に並ぶ、平たい石。
 そのひとつひとつを何気なく眺めながら、シーザーはふと、視線をあげた。
 目指す先、アーチ型の建物と豪奢な柵に囲まれた中にある、レオン・シルバーバーグの眠る墓碑。
 その前に、ひとり佇む男がいる。風になぶられる赤い髪。
「…っ!」
 シーザーは、息を呑んで、衝動にかられるように走り出した。
「アルベルト!!!」
 シーザーの声に、男は顔をあげた。
 それはまちがいなく、アルベルト・シルバーバーグだった。見慣れない黒い服を着ているが、少し長めの赤い髪も、シーザーに向けられた翠の目も、やはり何度みたって変わらない。
 回り込むのが面倒で、柵を勢いよく飛び越え、シーザーはアルベルトの前で立ち止まった。両膝に手をつき、弾んだ息を整える。
「はぁ、はぁッ、はぁー……」
「シーザー、……」
 頭上から、幾分かの驚きを含んだ声が降ってくる。
「誰の遺伝だ?そんなに身長のある者は、我が家系にはここ3代いなかったはずだが…」
「大器晩成タイプだったみたいだぜ俺!てゆうか、もっと他に言うことあるだろ!?」
作品名:回帰Ⅱ 作家名:べいた