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【酔っぱらいの気付き論】

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何が起こっているのか、理解でいない。こんな事は、10年に1度くらいだ。
 「アメリカ」
 なんだって、彼はそんな声で名を呼ぶのだろう。
 そんな甘い声を聞いたのは、100年ぶりか、それ以上か。まるで大切なものを見つめるような優しい眼差しで、蕩けるような甘い声で、そんな風に名前を呼ばれると返す言葉が見つからない。アメリカはすっかり硬直したまま、自分の上に跨っているかつての兄を見つめていた。
 酔っているのは知っている。先程まで、一応は一緒に飲んでいたのだから。
 相変らずハメを外したイギリスがぐちぐちと愚痴りながらぐずり始め、いい加減バーにも居辛くなったのでアメリカは仕方のない彼を背負って自宅へ戻った。移動している間、背負われていたイギリスは驚くほど静かで眠っているのかと思ったが、自宅に戻ってリビングに移動した途端、背中で暴れたイギリスによってアメリカはまんまと床に転がされてしまう。慌てて身体を起こそうとしたがイギリスが膝の上に乗ってきたので、アメリカは今、膝の上にイギリスを乗せたまま向かい合って座っているという何とも言えない状態だ。
 いくらイギリスの身体が貧弱とはいえ、大の大人だ。重いものは、重い。
 「重いよ、イギリス。そろそろ降りてくれないかい?」
 大体、膝の上に乗っていいのは子供か、それか女性くらいだろう。相場はそう決まっている。
 ため息交じりにそう言ってやった筈なのに、返って来たのは先程の反応だ。突き飛ばそうとしたアメリカの腕はすっかり固まってしまい、愛しそうにのばされたイギリスの腕はアメリカのネクタイを、するり、と酔っている割に器用に解いていく。
 (待ってくれ。何だ、何なんだい、この状況は)
 膝の上に乗ったイギリス。
 ネクタイを解かれている自分。
 どう考えたって、普通じゃない。
 案の定、イギリスは解いたネクタイをぽい、と床に投げ捨てるとシャツを緩め、そのままアメリカの首筋に顔を埋めてきた。頬を摺り寄せられ、さらさらの細い金の髪が顎を擽って何とも言えない気分になる。まるで、猫に擦り寄られているような気分だった。
 「イギリス…。君ね、相手を間違えてるよ」
 「何が」
 「いや、だって。俺は、アメリカだよ?」
 君が、子供扱いして毛嫌いしている相手だよ。
 暗にそう言ってやったつもりだったのだが、酔っ払い相手に深読みしろというのは酷な話らしい。イギリスは顔を離し、心底不思議だ、と言わんばかりに小首を傾げるといつもは鋭い筈の緑の瞳を、ぱちぱちと大きく瞬かせてアメリカを見つめる。童顔だとは思っていたが、あまり無防備な表情をされると本当に、どう対処したらいいか分からなくなるので勘弁してほしい。
 いつものような皮肉も、すっかり忘れてしまうくらいには衝撃的だ。
 「アメリカだろ?」
 「そう、アメリカだよ」
 「なら、間違ってねぇよ」
 (駄目だ、この人意味が分からないよ…!)
 イギリスはふん、と鼻を鳴らして得意げに踏ん反り返ると再びアメリカの首筋に顔を埋める。困った、とアメリカは天を仰いだ。いつものような可愛げのないつんけんした態度ならまだ揶揄い様もあるが、良くも悪くも一応は素直らしい今の彼に、あまつさえ酔っ払って思考回路が飛んでいる彼には何を言っても通じそうにない。
 何が、したいのだろう。それだけが気になった。
 暫く彼のしたい様に、為すがままになる事にしてみる。酔って脱ぎだしたり、愚痴りだしたりする訳ではないので今の所は害はなかったからだ。
 とはいえ、ただくっつかれているだけと言うのも気味が悪いのだが。
 「ちょっ…」
 だが、それが良くなかった。暫く首にしがみ付いてそのままだったので眠ったのかと油断していたら、首筋にかすかな痛みが走る。それが何か、知らない訳ではない。
 「ちょっと、イギリス!何やってるんだい!?」
 「あはは。何だよ、お前結構目立つなー」
 「冗談じゃないよ!ああもう、見える所に付けたんじゃないだろうね!」
 キスマークを付けられた、しかもイギリスに。
 情けない事に、一気に頬が熱を持つのを感じてアメリカは悲鳴を上げた。酔ったイギリスの性質の悪さは把握していたつもりだが、このパターンは未だ体験した事がない。確かギリシャやポーランドが、酔っ払ったイギリスが全裸になって暴れるという被害にあったとは嘆いていたが。
 非常に情けない話だが、彼に比べてアメリカは若い。例え相手が誰であれ、安易に熱を煽られても反応しない訳にはいかないのだ。
 (ああ、最悪だ。どうして、イギリス相手なんかに!)
 まるで、悪い娼婦に誘惑されているような気分にアメリカは泣き出したくなった。残念ながら膝の上に跨っている人物は、それ以上に性質が悪い。何しろ男だ。元兄だ。
 「ちょっ…ほんと、止めなよ、この変態エロ大使…!」
 イギリスはうろたえるアメリカに気を良くしたのか、さっさとシャツのボタンを外すと酔っているくせにやたら手際よくシャツを肩から擦り落として、剥き出しになった肩に噛り付いてくる。歯を立てられ、痛みに肩を竦めると今度は労わる様に唾液を乗せた彼の舌が這う。手は脇腹を擽る様に撫でてから、するりと腰に回される。流石と言うか、一つ一つの仕草がいちいち卑猥だ。
 悔しすぎる事に、これがまた気持ちいい。時折聞こえてくる、イギリスが肌に吸いついた時の音や、その時に零すくぐもった声も耳にくる。そういう趣味がある訳でもないのに、しっかりと熱を煽られてしまう自分の身体に嫌気がさしてしまうアメリカだが、それでも不思議と嫌悪感は薄かった。
 酔っ払いに襲われて、冗談じゃないと突き飛ばしてしまう事は出来る。けれど。
 「……ほんと、何やってるんだい、君は」
 不謹慎にも、妙な嬉しさもあったのだ。
 イギリスは未だにアメリカに対して子供扱いで、あまつさえ弟扱いが抜けきっていない。その可愛がっていた弟に痛い目にあわされた上に独立されたくせに、彼は未だにそうなのだ。それが腹だたしくて仕方がなかったのだが、どうやらそれだけではない事に気付けてしまった。
 可愛がっている、もしくは子供に彼は酔ってもこんな事はしない。
 酒癖が悪い、と有名だし本人も自覚してはいるのだろうが、それでも相手は選んでいる節があった。選ばれた上で迷惑を被るのはあまり光栄とは言えないが、逆を言えばそれは彼にってそれなりに認められる人物である事が多い。不本意な事に、フランスがそのいい例だ。
 胸元に舌を這わすイギリスの、何とも言えない扇情的な仕草を見下ろしながらアメリカはぼんやりと考える。どうやら、彼にとって自分はただ子供なだけではないようだ、と。
 (こういう事をするくらいには、君に近い位置に立てているのかい?)
 ふと、アメリカの視線に気付いたのかイギリスが顔を上げた。アルコールの所為ですっかり溶けてしまった緑の瞳はゆらゆらと揺れていて、頬の赤さが目に毒だ。ちゃんとした成人男性のくせに、童顔の所為か無防備さの所為か、少しだけ可愛く見えてしまうなんてもしかしたら自分もすでに酔っているのかもしれない。考えて、アメリカは頭を振った。
 酔っているのもある、けれど、もうずっと前からそうだったじゃないか、と。