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【酔っぱらいの気付き論】

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 「ねぇ、イギリス。分かっているのかい?」
 拒めるはずがなかった。酔った勢いの愚行だったとしても。
 「俺は、男だよ。もう君とそんなに年も変わらない、大人の」
 いつも皮肉や悪口ばかり言ってしまうけれど、それは彼をもうずっと意識しているからだ。あまり認めたくはないが、いつから認められなくなったのかもわからないが、アメリカはもうずっとイギリスの事を意識し続けている。それがどういう事なのか、分からないほど子供でもなくなった。
 分かりたくなかった、と思う。けれど、この想いが余分だとは思わない。
 (本当は、ついさっきまで認められなかったんだけどね)
 こうして酔っ払いに襲われてようやく理解できた、だなんて情けない事この上ない。
 けれど、仕方がないのだ。自分でも驚いてしまうほど嫌悪感は感じないし、触れられたところからじわじわと生まれた熱はしっかりと欲情を押し上げてくる。イギリスにそうされているのだと、考えただけでまたぞくり、と肌が粟立つのだから救いようがない。
 試しに、彼の腰に腕を回してみる。思いの外細かった事と、応えるように首に回されたイギリスの腕にみっともなく腕がかすかに震えてしまった。
 「アメリカ」
 ああ、まただ。イギリスはとても愛しそうな響きで、昔のような声で名を呼ぶ。
 もしかして今の彼には、自分は昔の幼い姿に見えているんじゃないだろうか、なんてアメリカは不安になった。何といっても、彼は昔のアメリカが大好きだ。
 「アメリカ」
 もしそうなら、張り倒してやりたい。けれどイギリスはそのまま、夢見心地だと言わんばかりのとろりと蕩けた表情で顔を近づけて来る。熟れたその、柔らかそうな頬をひっぱたいて正気に戻してやろうかと思うが、重なる唇の熱さにすぐに意識を持っていかれてしまった。
 するり、と舌が入り込んでくる。酒の匂いに僅かに顔を顰めたが、その酒の所為か恐ろしく熱い舌先は何の躊躇いもなくアメリカの口内を弄っていく。流石に巧い、次第に息が上がっていくの感じながら負けるものかと、必死になってその舌を絡め取ってやる。んん、と苦しそうな声が直接、アメリカの口の中に響いてぞくぞくと腰が疼いた。堪らず回した腕でぐっ、と腰を引き寄せると、イギリスは密着した腰をさらにぐいぐいと押しつけて来る。その中心は、驚くほど熱を持っていた。
 「はぁ……っ、アメリカ、気持ちいい…」
 「イギリス」
 「気持ちいい、もっと」
 吸って、離れて、口付けの合間に興奮気味に囁かれる声は甘くて堪らない。この人はこんな声が出せるのか、なんて驚きながら何度も何度も口付けを重ねていると流石に唇がじん、と痺れる。どれくらいそうしていただろうか。そっと顔を離すと、イギリスの唇は少し腫れているような気がした。
 息苦しかったのか、揺れていた瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。
 (分っててやってるのかな、この人)
 どこもかしこも、男を誘うには十分すぎる。もしかしたら、経験があるのだろうか。
 「………っ」
 不意に、スラックスの上から足の間を撫でられ声が上がりそうになった。信じられない、いくら酔っているからと言ってそこまでするのか。本当に、酔った勢いで男と寝た経験でもあるんじゃないかと思わせるぐらい積極的な行為に、アメリカは酷く戸惑ってしまう。
 これは、止めるべきかもしれない。いや、止めるべきなのだが。
 ここまでの段階で、すでに翌日の彼の「死にたい」コールは決まっている。彼は酔っていても、概ね自分の行為を覚えているからだ。けれどこれ以上先に進んでしまえば、それはイギリスに限ったものではなくなってしまう。酔った勢いで誘ってきただけならイギリスの過失だが、それに乗ってしまえばアメリカにだって、十分非は生まれてしまうのだ。
 「い、イギリス、そろそろ眠りなよ。眠いだろう?」
 「眠くねぇ」
 「っ、ん、ほら…っ、明日、会議、だ、しっ」
 不可抗力だ。不可抗力だ。不可抗力だ。アメリカは、頭の中で繰り返す。
 最初こそ遠慮がちに触れていた彼の手は、反応した事に気を良くしたのか徐々に大胆になって来る。すぐに下着が窮屈な、居た堪れない事態になってしまった。
 「なぁ、アメリカ」
 自然と、息も上がってしまう。なんて見っともない事態だろう。
 すっかり育ってしまった熱を愛しそうに撫でながら、イギリスはじっとアメリカの瞳を覗きこんできた。何、と視線で問い返すと彼は今更ながら、酷く恥ずかしそうに目を伏せ薄いく開いた唇から赤い舌を覗かせながら、空いた方の手でおもむろにアメリカの手を取る。引かれるまま彼がアメリカの手を導いた先に、ぎょっ、とテキサスがずり落ちそうになった。
 同じだ。彼もまた、熱をもてあましている。
 「お前も……さ、触って、くれ」
 不可抗力だ。頭の中から、理性がごっそりそげ落ちていった。
 「うあっ、あ、あっ」
 導かれたまま、布を押し上げるその形をなぞる様に強く撫でてやるとそれだけでイギリスは喉を反らせて、堪らないと言わんばかりに声を上げた。無意識だろうが、細い腰は揺れている。
 「全く、君はどうしようもない人だよ…!」
 そんな姿に煽られてしまった自分もどうしようもないけど、とは言わなかった。
 こうなったら、明日の朝はもう誤魔化しきるしかない。酔ってたからよく覚えてない、と笑ってやろうか。それとも、君が悪いんだよ、なんて責めてやろうか。惚けるのが居一番なのだろうか。ともかく、ここまで来たらブレーキをかける事なんて出来やしない。
 熱に浮かされた身体を、どうする事も出来ないのだ。お互いに。
 「や、アメリカ、もっとちゃんと…っ」
 「脱がせろって?」
 もどかしそうに腰を捩ったイギリスに問えば、彼はこくこくと何度も頷く。妙に素直なそんな仕草がどこか幼くて、可愛らしく見えてしまうのはやっぱり重症なのだろうか。
 躊躇うことなく、高そうなベルトに手をかける。しゅるりとそれを引きぬいてジッパーを下ろした所で、ふと、彼の腰にまわした腕にかかる重みがずしりと増した。
 「………イギリス…?」
 まさか、と思う。つい先程まで上ずっていた呼吸も、ぴたりと止んでいる。
 恐る恐ると見上げてみれば、案の定イギリスはのけぞったままで表情まではよく見えなかったがまるで反応はなく、薄い胸板は規則正しく上下している。つまり、寝ている。
 「……冗談じゃないぞ」
 どうしてここで寝るんだ。というか、この状態で眠れるんだ!
 すっかりその気になっていたのは、イギリスばかりではない。あまりにショックで何度かイギリスの身体を揺さぶってみたが、彼は一向に目を覚ます気配はなかった。
 くたり、と力の抜けた身体はやがてアメリカの身体に凭れかかってくる。すうすう、と小さく零れる穏やかな寝息が剥き出しの肩に触れるのが、何とも居た堪れない。
 「まぁ、うん…。うっかり突っ走らなくて良かったよ、うん……」
 そう、自分に言い聞かせるしかなかった。たとえこのままイギリスをベッドルームへ運んで、トイレに駆け込む羽目になったとしても。過ちを犯すよりは、きっと良かったのだ。
 やはり、悪い娼婦に弄ばれた様な気がした。