【ぼくたちのてがみ】
【おにいさんのてがみ。】
Bonjour ! Je m'appelle un frère aîné.
参ったね。絵画から切り取ったような、パリの美しい青空も今日ばかりは色褪せちゃうよ。何しろお兄さんの目の前にいるのは、美しいパリジェンヌでも、魅惑の異国女性でもないからな。ガッカリだよ。やっと会議から解放されたのに、何が悲しくて坊やのお守なんかしなきゃなんないのかね。
そりゃあ、一応今回のホスト国はウチだけどよ。ホスト役ってのは、会議中に発生した痴話喧嘩のアフターケアまでやらなきゃいけないモンだっけか?いつからそんな親切設計になったんだ。責任者出て来い、むしろ保護者出て来いっての。ったく、喧嘩するだけやっといて、保護者だか恋人だかわからないあの眉毛ファンタジー野郎はそそくさと自分の家に帰っちまうんだもんな。
いい加減、自分の坊やのお守くらい自分でしろっての!そう思わないか?
ああ、本当に憂鬱だ。デートの予定もキャンセルだよ。
きっと神様が腰痛なんだな。うん、そうに違いない。
アメリカは、勢いのまま美しく盛り付けられたメインディッシュを破壊するかのように口の中に放り込んでいく。頼むから、フレンチはもっと優雅に食してくれないか。流石のフランスも思わずそう口を挟みたくなったが、恐らく聞き入れてはもらえないだろうと分かっていたのでそのささやかな悲鳴は胸の内にそっと仕舞いこんで、すっかり荒らされた空き皿を眺めた。
会議が終わったのは、つい1時間ほど前だ。
相変らず、アメリカの無茶な発案にイギリスが異を唱え、辛うじてドイツが場を制したが結局は喧嘩別れのように解散した。まぁ、何時もの事である。いつもの事なのだが、アメリカがこうして怒りを持続させているのは比較的珍しい事かも知れない。ましてや、フランスに飛び火する事はそうある事ではない。いつもならそそくさと議場を後にするフランスだったが、珍しくアメリカに「お腹が空いたぞ!」と八当たりのように呼び止められ、手料理を振舞わされている始末である。
「大体、彼は頭が固すぎるんだよ!何でもかんでも否定してさ!」
「ああ、うん。その意見にゃ同意するが、食ってから喋れ。ホント頼むから」
アメリカが喋る度に、口の中に詰まった食べ物が飛び出してきやしないか気が気ではない。そんな無様な姿は、フランスには耐えられなかった。
「でもな、アメリカ。あいつがいちいち反対するのは、何も頭が固いからってだけじゃない。お前だって、それくらいは分かってる筈だろ?」
彼は、一応未成年である。ワインを注いでやる訳にも行かず、コーヒーを入れてやるとそれで一気に口の中の物を流し込んで、僅かに顔を顰める。流石は味音痴、味わって食べるという事を知らないのだろうか、とフランスはそんな光景に少しだけ切なさを覚えるばかりだ。
「分ってる、けどさ」
ふと、アメリカはシルバーを置いて呟く。
視線を落として拗ねたような口ぶりは、彼にしては珍しい。常が自信に充ち溢れている所為であまり見せる事は無いそうした仕草は、まだ幼さが抜けきっていない証だろう。
(そうやって黙ってりゃ、可愛げもあるのにな)
それは彼の育ての親である、イギリスにも言える事だった。
彼らは真逆のようで、実際は似た者同士である。若さゆえの、根拠のない自信を持っている分アメリカの方が若干性質が悪いが、素直になれない所は根深い共通点だろう。血縁関係もないくせに、妙な所で本物の兄弟よりも兄弟らしい。本人たちは、認めたがらないだろうが。
「日本とか、ドイツの言う事は聞くくせに」
ぽつり、と零した言葉に思わず吹き出しそうになったが、堪えた。
何時からかは知らないが、アメリカとイギリスはいつの間にか親密な関係になっていた。本人たちは特に公表してもいないのではっきりとした事は分からないが、少なくともフランスの目から見れば一目瞭然だったのだ。いつかはそうなるのではないか、とは思っていたが実際目の当たりにしてみるとそれなりに衝撃的ではある。いや、まだ、直接的なシーンは目撃していない訳だが。
先程の会議のように、いつも通り盛大に喧嘩をしたり、貶し合ったりで傍目から見ればまるで変化はないように見えるが、こうしてふとした瞬間に感情を垣間見せる様になった。どうせなら、堂々と甘ったる雰囲気でもまき散らせばいいのにと思った事もあるが、それはそれである意味公害だろうか。ドイツとイタリアを見ていると、何とも言えない気分になる事を思い出す。
そもそも、彼らの間柄でどのような恋人達のやり取りが行われているのかすら、フランスの想像には限界があった。何というか、恋人という言葉が似合わなさすぎる。
(ほんと、面倒くさい奴らだよなぁ)
今も、そうだった。アメリカの発言は、嫉妬そのものだ。
彼が随分と昔から、イギリスに対して歪な感情を抱いていたのは知っていた。その感情が独立の一つの起因にはなったのだろうという事も。けれどここ最近まで、アメリカがそれを表に出す事は一度もなかったのだ。気づいていたのは、日本くらいだろう。
(まぁ、健気っちゃ健気なんだろうな。そもそも、何百年越しだよ)
そう思うと、無駄に大きく育ったこの自信過剰な青年もなんだか可愛く見えてきた。
「ま、お前が可愛くて仕方がないから、いちいち口挟むんじゃないのか?あいつの邂逅癖は筋金入りだからな、独立したとはいえ元弟が無茶やらかすのを見てられないんだろ」
「俺はもう、弟なんかじゃないぞ!」
「へぇ。じゃあ、何なんだろうな」
つい、そんな揶揄いめいた言葉が出てしまった。
アメリカは、ぐっ、と口を噤む。彼が言葉に窮するのは、本当に珍しい。
「…君こそ、彼の何なんだい」
かと思うと、とんでもない言葉がその口を突いて出てきた。流石のフランスもこれには面喰ったが、対するアメリカは相変らず険しい表情のままだ。どうやらフランスの揶揄いに対する意趣返し、という事ではないらしい。そもそも、彼はそんな事を出来ない性質だったか。
(こりゃ重症だ)
ぱちぱちと2、3度瞬いて、ついにフランスは吹き出してしまった。
随分と子供じみた嫉妬心だとばかり思っていたが、どうやら独占欲も丸出しらしい。
会議中の怒りが持続しているのは珍しいとは思っていたし、こちらに飛び火するのはさらに珍しいとは思っていたがどうやらアメリカがフランスの元にきたのは、『そういう事』だったのだ。
会議の最中、確かにフランスはよくイギリスにちょっかいを出す。今回も例に洩れずそうだった訳だが、アメリカからしてみればそれが目障りになったのだろう。
なった、という表現は正しくない。結ばれる前から、そうだったのだろうと思う。
ただ、奇妙なもので結ばれてからの方がアメリカの余裕だとか、そう言ったものが欠落しているように見えた。いつもなら飄々と笑っていた事も、こうして突っかかって来るくらいだ。恋は盲目とは言ったものだが、こうも顕著に表れると可愛らしいことこの上ない。
「あっはっは。いや、うん、そうか。そうきたか!」
「笑いすぎだぞ、君」
そう思った所為で、罰があたったのだろうか。
Bonjour ! Je m'appelle un frère aîné.
参ったね。絵画から切り取ったような、パリの美しい青空も今日ばかりは色褪せちゃうよ。何しろお兄さんの目の前にいるのは、美しいパリジェンヌでも、魅惑の異国女性でもないからな。ガッカリだよ。やっと会議から解放されたのに、何が悲しくて坊やのお守なんかしなきゃなんないのかね。
そりゃあ、一応今回のホスト国はウチだけどよ。ホスト役ってのは、会議中に発生した痴話喧嘩のアフターケアまでやらなきゃいけないモンだっけか?いつからそんな親切設計になったんだ。責任者出て来い、むしろ保護者出て来いっての。ったく、喧嘩するだけやっといて、保護者だか恋人だかわからないあの眉毛ファンタジー野郎はそそくさと自分の家に帰っちまうんだもんな。
いい加減、自分の坊やのお守くらい自分でしろっての!そう思わないか?
ああ、本当に憂鬱だ。デートの予定もキャンセルだよ。
きっと神様が腰痛なんだな。うん、そうに違いない。
アメリカは、勢いのまま美しく盛り付けられたメインディッシュを破壊するかのように口の中に放り込んでいく。頼むから、フレンチはもっと優雅に食してくれないか。流石のフランスも思わずそう口を挟みたくなったが、恐らく聞き入れてはもらえないだろうと分かっていたのでそのささやかな悲鳴は胸の内にそっと仕舞いこんで、すっかり荒らされた空き皿を眺めた。
会議が終わったのは、つい1時間ほど前だ。
相変らず、アメリカの無茶な発案にイギリスが異を唱え、辛うじてドイツが場を制したが結局は喧嘩別れのように解散した。まぁ、何時もの事である。いつもの事なのだが、アメリカがこうして怒りを持続させているのは比較的珍しい事かも知れない。ましてや、フランスに飛び火する事はそうある事ではない。いつもならそそくさと議場を後にするフランスだったが、珍しくアメリカに「お腹が空いたぞ!」と八当たりのように呼び止められ、手料理を振舞わされている始末である。
「大体、彼は頭が固すぎるんだよ!何でもかんでも否定してさ!」
「ああ、うん。その意見にゃ同意するが、食ってから喋れ。ホント頼むから」
アメリカが喋る度に、口の中に詰まった食べ物が飛び出してきやしないか気が気ではない。そんな無様な姿は、フランスには耐えられなかった。
「でもな、アメリカ。あいつがいちいち反対するのは、何も頭が固いからってだけじゃない。お前だって、それくらいは分かってる筈だろ?」
彼は、一応未成年である。ワインを注いでやる訳にも行かず、コーヒーを入れてやるとそれで一気に口の中の物を流し込んで、僅かに顔を顰める。流石は味音痴、味わって食べるという事を知らないのだろうか、とフランスはそんな光景に少しだけ切なさを覚えるばかりだ。
「分ってる、けどさ」
ふと、アメリカはシルバーを置いて呟く。
視線を落として拗ねたような口ぶりは、彼にしては珍しい。常が自信に充ち溢れている所為であまり見せる事は無いそうした仕草は、まだ幼さが抜けきっていない証だろう。
(そうやって黙ってりゃ、可愛げもあるのにな)
それは彼の育ての親である、イギリスにも言える事だった。
彼らは真逆のようで、実際は似た者同士である。若さゆえの、根拠のない自信を持っている分アメリカの方が若干性質が悪いが、素直になれない所は根深い共通点だろう。血縁関係もないくせに、妙な所で本物の兄弟よりも兄弟らしい。本人たちは、認めたがらないだろうが。
「日本とか、ドイツの言う事は聞くくせに」
ぽつり、と零した言葉に思わず吹き出しそうになったが、堪えた。
何時からかは知らないが、アメリカとイギリスはいつの間にか親密な関係になっていた。本人たちは特に公表してもいないのではっきりとした事は分からないが、少なくともフランスの目から見れば一目瞭然だったのだ。いつかはそうなるのではないか、とは思っていたが実際目の当たりにしてみるとそれなりに衝撃的ではある。いや、まだ、直接的なシーンは目撃していない訳だが。
先程の会議のように、いつも通り盛大に喧嘩をしたり、貶し合ったりで傍目から見ればまるで変化はないように見えるが、こうしてふとした瞬間に感情を垣間見せる様になった。どうせなら、堂々と甘ったる雰囲気でもまき散らせばいいのにと思った事もあるが、それはそれである意味公害だろうか。ドイツとイタリアを見ていると、何とも言えない気分になる事を思い出す。
そもそも、彼らの間柄でどのような恋人達のやり取りが行われているのかすら、フランスの想像には限界があった。何というか、恋人という言葉が似合わなさすぎる。
(ほんと、面倒くさい奴らだよなぁ)
今も、そうだった。アメリカの発言は、嫉妬そのものだ。
彼が随分と昔から、イギリスに対して歪な感情を抱いていたのは知っていた。その感情が独立の一つの起因にはなったのだろうという事も。けれどここ最近まで、アメリカがそれを表に出す事は一度もなかったのだ。気づいていたのは、日本くらいだろう。
(まぁ、健気っちゃ健気なんだろうな。そもそも、何百年越しだよ)
そう思うと、無駄に大きく育ったこの自信過剰な青年もなんだか可愛く見えてきた。
「ま、お前が可愛くて仕方がないから、いちいち口挟むんじゃないのか?あいつの邂逅癖は筋金入りだからな、独立したとはいえ元弟が無茶やらかすのを見てられないんだろ」
「俺はもう、弟なんかじゃないぞ!」
「へぇ。じゃあ、何なんだろうな」
つい、そんな揶揄いめいた言葉が出てしまった。
アメリカは、ぐっ、と口を噤む。彼が言葉に窮するのは、本当に珍しい。
「…君こそ、彼の何なんだい」
かと思うと、とんでもない言葉がその口を突いて出てきた。流石のフランスもこれには面喰ったが、対するアメリカは相変らず険しい表情のままだ。どうやらフランスの揶揄いに対する意趣返し、という事ではないらしい。そもそも、彼はそんな事を出来ない性質だったか。
(こりゃ重症だ)
ぱちぱちと2、3度瞬いて、ついにフランスは吹き出してしまった。
随分と子供じみた嫉妬心だとばかり思っていたが、どうやら独占欲も丸出しらしい。
会議中の怒りが持続しているのは珍しいとは思っていたし、こちらに飛び火するのはさらに珍しいとは思っていたがどうやらアメリカがフランスの元にきたのは、『そういう事』だったのだ。
会議の最中、確かにフランスはよくイギリスにちょっかいを出す。今回も例に洩れずそうだった訳だが、アメリカからしてみればそれが目障りになったのだろう。
なった、という表現は正しくない。結ばれる前から、そうだったのだろうと思う。
ただ、奇妙なもので結ばれてからの方がアメリカの余裕だとか、そう言ったものが欠落しているように見えた。いつもなら飄々と笑っていた事も、こうして突っかかって来るくらいだ。恋は盲目とは言ったものだが、こうも顕著に表れると可愛らしいことこの上ない。
「あっはっは。いや、うん、そうか。そうきたか!」
「笑いすぎだぞ、君」
そう思った所為で、罰があたったのだろうか。
作品名:【ぼくたちのてがみ】 作家名:みずたに