【ぼくたちのてがみ】
アメリカの声が随分と低い、柄にもなくぞくりと背筋に冷たいものを感じてフランスが改めて彼の様子を伺えば、その形相は可愛いなんて形容詞からはかけ離れた代物に仕上がっていた。スカイブルーの瞳は、今はまるで氷の色のように冷たい光を宿している。
「言っておくけど、俺はもうずっと君の事が目障りなんだ。それこそ、百年も前からね。正直な所、君が独立に手を貸してくれたのは、彼との関係を見せつける為なのかとすら思ってたよ」
徐に、アメリカがミートナイフを手にする。凶器にしか見えなかった。
「実際、それは間違いではなかったみたいだけどね。所でもう一度聞くけど、ねぇフランス。君は一体、イギリスの何なんだい?」
「アメリカ、お前」
まさか、とフランスは思う。
そのまさかだ。きっと、アメリカはフランスが彼らの関係に気づいている事に、気付いていたのだろう。あまりに常通りだったので、すっかり油断していた。
流石に百年越しの恋は、伊達ではなかったのだろう。
「…シルバーは、人に向けるモンじゃないぞ」
「知ってるよ。君が人じゃなくなれば、問題ないんじゃないかい?」
「うわ。お前、どんだけ物騒なんだよ。親の顔が見てみたいね」
「見てるじゃないか。それより、質問の答えを聞いてないぞ」
暗に恐ろしい事を、さらりと口走ったアメリカに溜息を零すとフランスはわざとらしくホールドアップして見せた。どうやら思った以上に、彼の愛は真剣らしい。
(そんな様子を、普段から少しでも出してやりゃいいのに)
そうすれば、イギリスの態度は分かりやすく軟化するだろう。
ため息とともにそんな事を考えながら、ふと、フランスはその考えを否定する。もしかしたらアメリカは、わざと普段通りに振舞っているのだろうか。考えてみれば、不自然だった。ここまで余裕がないのなら、それこそ普段から愛情垂れ流しくらいすればいいのに、彼はそうはせずにいつも通り喧嘩ばかりしている。意地を張っている、という風には見えなかった。
「お前があいつとどこまで進んだか、教えてくれたら答えてもいいぜ?」
がちゃん、とシルバーが派手な音を立ててアメリカの手から滑り落ちる。
(おいおい、ビンゴかよ)
その表情を見て、フランスはまたもや頬が緩むのを隠す事が出来なかった。
きっと彼らは、まだ結ばれて間もないのだろう。それか、微妙な関係なのか。
それなのにアメリカがいつもと同じように、イギリスと喧嘩ばかりしているのは彼が不安だったからなのかもしれない。態度を突然、恋人へのそれに変えたら関係がどうなるのかが予測がつかないのだろう。そんな些細な事で、悶々としているのかと思うと。
「き、君、分かってて言ってるだろう!?」
「分らないから聞いたんだが、まぁ…答えは何となくわかったっつーか」
あのイギリスも、年下相手に随分と奥手で可愛らしい恋愛をしているようだ。
「いやぁ、ティーンズはいいなぁ!青春ってとこか?」
「おっさん発言は慎んでもらえるかな!ああもう、セクハラだよ!」
「はいはい、おっさんじゃなくて、お兄さんね」
一転して氷どころか、今度は火でも吹くんじゃないかと言わんばかりに真っ赤になったアメリカが恥ずかしさを紛らわせるためにか、だん、とテーブルを叩く。殻になったワイングラスが転がったが、今はそれを咎める気にはならなかった。
アメリカは随分とその甘ったるい感情に振り回されているようだが、そういえばイギリスはどうだっただろうか。常通り喧嘩して、常通り帰国した男の事を思い起こす。
そもそも、フランスが二人の気配を感じ取ったのはイギリスの些細な変化がきっかけだ。会議が終わってから飲みに誘った時、珍しく断られた事があった。それくらいならば別に何を感じるでもなかったが、イギリスは何故かその時妙に恥じ入った風にそわそわとしていた。その後、アメリカと並んで歩いている姿を見れば、誰だって少しは何かを思うだろう。
会議中、アメリカを見る視線はいつもと変わりない厳しいものだ。公私混同というのは、紳士にあるまじきと思っているのかそう言うところはきっちりしていた。(ちなみに、アメリカはというとここ最近はフランスがイギリスにちょっかいを出せば、それはもうざっくりと刺さりそうな鋭い視線を投げつけてくれる)ただ、プライベートになれば別だ。珍しくコーヒーを口にしてみたり、人がアメリカと電話しているとやたら気にしてみたり、分かりやすいといえば分かりやすかったが、それでも気づける人間は余程付き合いの長い人間だけだろう。
見える範囲でそれなのだから、見えない部分ではもどかしい思いをしているのかもしれない。結局は他人事なので、フランスの知る余地もないのだが。
存外、人の好意に鈍感な彼がどのようにしてアメリカを受け入れたのだろう。そこだけは、少しだけフランスの好奇心を刺激した。今度訪ねてみよう。
「しっかし、キス止まりねぇ。ホント、可愛い恋愛してんのねーお前ら」
「ちょっ…、な、ま、まるで見てたみたいに言わないでもらえるかい!?」
どうやら、これもビンゴらしい。
(普段は必死こいていつも通り装ってるくせに、まぁ可愛いこと)
思わず微笑ましく思ってしまった。フランスは肩を竦めて立ち上がると、すっかり乾いてしまった空き皿を手にして、デザートを用意してやる、と気分よく部屋を出る。
(あ、そういえば)
変わらない。変わった。そんな事を考えていると、ふと思い出した事がある。
イギリスの携帯電話の着信音は常に、少し悲しい響きを含んだ彼の国で最も古いとされる民謡だ。けれど最近、それ以外の少し賑やかな着信音が聞こえる様になった。その電話を、彼はいつも3コール以内で取る。そして几帳面な彼にしては珍しく、名乗る事もなく、少しはにかんだ様に「よう」と短く呟くのだ。
「ほんと、大の男が可愛らしい恋愛を満喫しちゃって」
羨ましい限りだね。冷蔵庫からアイスを取り出そうとしたフランスは、ふと思い至りポケットの中から携帯電話を取り出した。こういう場合、下手なスウィーツを用意するよりも、もっと甘い、とびきりのものを用意してやるべきだろう。ここはパリ、愛の都である。
随分たっぷりとコール音が響いた後、不機嫌そうに名乗った相手にフランスはこう言った。
「なぁイギリス、聞いてくれよ。アメリカの奴がさ、どっかの元ヤンにこっぴどく怒られてヘコんでるんだよ。でもこいつさ、拗ねた顔とかちょっと可愛いっつうか、お兄さん好みかも?黙ってりゃ、優しく慰めてやらない事もないんだけどさぁ」
それから二時間くらいしてからさ、英仏海峡トンネルど真ん中でユーロスターを飛び降りかけた男のニュースと、イギリスが乗り込んできた訳だ。『元』は不要だろ、あの元ヤン。あの顔はやべーよ。昔以上に凶悪なんじゃないの?お兄さん、思わず泣いちゃいそうだったよ。
ぶん殴られて意識がなくなったから、ぶっちゃけその後どうなったかは知らないけどね!え、まさか、俺の家でいちゃついたとかは勘弁して欲しいんだけど。いくら愛の都って言ったって、なぁ。大丈夫、お兄さんのベッドは取り敢えず乱れてなかったよ!ん?そう言う問題じゃないって?
作品名:【ぼくたちのてがみ】 作家名:みずたに